更新日 | 2020年8月28日 |
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シンガポールにおける新型コロナウイルス感染症をめぐる法的問題は多岐にわたりますが、当事務所では、依頼者の皆様に新型コロナウイルス感染症対策の一助としてご活用いただくべく、各種の法的論点につきQ&A形式で解説を掲載してまいります。 なお、Q&Aは今後も随時追加・更新予定です。
A.シンガポールでは、手書きでの署名の代わりに電子署名を用いることが多くの場合に認められています。ただし、以下のとおり、電子商取引法(Electronic Transactions Act)の定める要件と適用除外に留意する必要があります。
電子商取引法上、「電子署名」の定義はありませんが、一般的には、「当事者の意思を証明し、当該当事者を電子的に認証するために使用可能な電子的形態での承認」をさすと理解されています。そして、電子商取引法は、以下の要件を満たす場合、電子署名に手書きでの署名と同等の機能を認めています。
- ① 署名者を特定でき、当該電子記録に含まれる情報に関する当該署名者の意思を確認できる方法
であり、かつ - ② 以下の(a)または(b)を満たす場合
(a) 関連事情に照らし、当該電子記録の作成または通信の目的に相応する信頼性を有する方法である場合
(b) 上記(1)の機能を果たしたことが、それ自体または関連する証拠により現実に証明できる場合
ただし、遺言、為替手形、船荷証券、不動産取引に関する一部の書面等は、電子商取引法上の上記規定の適用対象から除外されている点に留意が必要です。また、捺印証書(deed)を電子署名により作成した場合、執行不能となるリスクがあるとされています。したがって、これらの書面については電子署名を使用することを避けるべきであると考えられます。
その他の契約書等の書面については、各書面の重要性等も考慮のうえ、電子署名の活用を積極的に検討することが考えられます。また、電子商取引法の対象は商取引に関連する文書に限られず、電子署名を使用して取締役会および株主総会の書面決議・議事録、取締役の就任承諾書および辞任届等を作成することも一般的に可能とされています。これらの文書の作成に電子署名を活用することにより、在宅勤務体制に対応したオペレーションに移行することが考えられます。
A. 契約上、不可抗力(force majeure)条項(当事者のコントロールの及ばない不測の事態が生じたことによって契約上の債務が履行不能になった場合、契約当事者を当該債務から免責すること等を内容とする条項)の定めがある場合、新型コロナウイルスの影響が不可抗力事由に該当することを理由として免責される可能性があります。
不可抗力条項の文言は契約ごとに異なるため、新型コロナウイルスの影響が当該契約上の不可抗力事由に該当するかについて個別具体的な検討を行う必要があります。例えば、不可抗力事由として伝染病・パンデミック(epidemic, pandemic)、政府機関による行為(acts of government)、法令変更(change in law)といった事由が明示的に挙げられている場合、新型コロナウイルスの影響が不可抗力事由に該当する可能性が高まると考えられます。
ただし、不可抗力事由に該当する事情が存在する場合であっても、不可抗力条項の適用を主張するためには、問題となる債務の履行不能が不可抗力事由に起因していることを立証する必要があります。また、不可抗力事由が生じていることを主張するためには、契約上の定めに従い相手方への通知等の手続を行う必要があることにも留意が必要です。
A. 不可抗力条項による免責の主張が出来ない場合であっても、契約目的達成不能(frustration)の法理により、契約上の義務を免れることができる場合があります。
後発的な不測の事態の発生により、契約上の義務が履行できなくなったような場合や、当該義務が契約締結時に想定されたものとは根本的に異なってしまうような場合に、契約目的達成不能法理が適用されます。しかし、たとえば当事者の費用・負担が増加し、義務の履行が現実的に困難になった(経済的に見合わなくなった)という事情があるだけでは、契約目的達成不能には該当しないと考えられています。
一般的には、契約目的達成不能の法理の適用範囲は狭く、契約目的達成不能を理由とした免責を主張するのはハードルが高いと解されています。
契約目的達成不能の法理が適用される場合、契約は当然に終了します。契約目的達成不能の法理が適用される場合の前払金の払い戻し、費用の償還等については、目的達成不能に関する法(Frustrated Contracts Act)によって規定されています。
A. シンガポールでは、2020年4月7日に新型コロナ暫定措置法(Covid-19(Temporary Measures)Act 2020、以下「本法」)が可決され、即日、一部施行されました。本法は、契約上の債務不履行について一時的な救済措置を定めるものです。本法の適用対象となる契約類型は限られているものの、対象となる場合には救済措置を求めることが可能です。
2020年5月19日時点において、本法が救済措置の対象としているのは、2020年3月25日までに締結された以下の契約です。
- ・非居住用の不動産に関する賃貸借契約・ライセンス契約
- ・銀行・金融機関などによる、所定のシンガポール所在の資産を担保としたシンガポール事業者(シンガポール国民・永住者が所有権の30%以上を保有し、当該事業者グループの最終事業年度の売上高が1億シンガポールドル(同日の為替レートで約76億1900万円)以下の企業)向けの一定のローン契約
- ・建築契約・供給契約(建設業界支払保全法(Building and Construction Industry Security of Payment Act)」に定義されるもの)
- ・建築契約・供給契約に関するパフォーマンス・ボンド(履行保証)
- ・イベント関連契約
- ・観光関連契約
- ・事業目的で使用されるシンガポールに所在する自動車または特定の事業用資産にかかる割賦販売契約または買取選択権付リース(hire-purchase agreements)等
- ・住宅の購入を希望する者に対し、住宅開発業者(housing developer)が与えたオプション権
- ・住宅開発業者と住宅購入者との間の住宅購入・販売に関する契約
上記の対象契約について、
- ①2020年2月1日以降に履行すべき債務を履行することができず
- ②債務の不履行の重大な原因が新型コロナウイルスの流行によるものであり
- ③債務を履行できない当事者(以下、「債務不履行当事者」)
具体的には、債務不履行当事者に対して、2020年10月19日までの間、
- ①裁判または国内仲裁の開始・継続
- ②倒産手続開始の申立て
- ③担保権の行使
- ④非居住用の不動産に関する賃貸借契約・ライセンス契約の解除
- ⑤建築契約・供給契約に関するパフォーマンス・ボンド(履行保証)の実行
また、2020年5月13日より、(一定の場合を除く)利率の増加等が新たに禁止行為として追加されました。 さらに、建築契約・供給契約については、債務不履行当事者は、パフォーマンス・ボンドの有効期限の延長を求めることができるなどの救済措置が認められています。
Q1.~ Q3.担当 朝倉亮弁護士、山本純代弁護士、ハンナ テイ(フォーリン・リーガル・アソシエイト)
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A. シンガポール人材開発省(Ministry of Manpower), 全国労働組合評議会(National Trades Union Congress) およびシンガポール全国雇用者連合(Singapore National Employers Federation)は、使用者に対し、オフィスでの勤務再開前に安全管理措置(Safe Management Measures)を実行し、これを従業員に対して説明することを求めています。
2020年6月1日時点における安全管理措置の主要なポイントは以下のとおりです。
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(1)安全管理措置に関する体制構築安全管理責任者(Safe Management Officer)の任命、安全管理措置遵守のためのモニタリングプランの実行等
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(2)物理的な交流の削減、セーフ・ディスタンスの確保原則的な在宅勤務体制の維持、在宅勤務が不可能な場合は時差勤務やチーム分けを実施すること(原則として、出勤時間が1時間以上異なる3つ以上のチームに分け、各チームの人数が従業員全体の50%を下回る必要がある)、職場内で人が集まることの禁止(ランチタイムや休憩時間も含む)、可能な限り対面でのミーティングを避けること、対面での交流が避けられない場合はセーフ・ディスタンス(1メートル以上)を確保すること等
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(3)職場へのアクセス管理入退室記録システム(SafeEntry)の導入による従業員および訪問者の入退室管理
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(4)追跡アプリの推奨従業員に対し、新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者を追跡するためのスマートフォンアプリ(TraceTogether)のダウンロードを推奨すること
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(5)職場でのマスク着用全ての従業員、訪問者等が職場で常時マスクを着用することの徹底
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(6)職場内の衛生確保共用スペースや出入口の定期的な清掃、共用設備の洗浄・消毒、エントランス、エレベーターロビー等への石鹸やサニタイザー等の設置等
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(7)物理的な接触ポイントの最小化可能な限り職場内で共通に使用する物理的な接触ポイントを削減し(非接触型のシステムを導入する等)、物理的な接触ポイントが避けられない場合には感染リスクを最小限に抑えるための追加対策を講じること(定期的な消毒等)
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(8)健康状態の確認・予防措置の実行従業員や訪問者に対する検温等の実施、急性呼吸器感染症等コロナウイルスに関連する症状で病院を受診した従業員から、Medical Certificate (MC)、診断内容等の提出を受け、当該従業員と接触した他の従業員の健康状態の観察等、職場での適切な予防措置を講じること等
安全管理措置の詳細については、シンガポール政府の公開している以下のサイトもご参照ください。
<人材開発省(シンガポール)>
Requirements for Safe Management Measures at the workplace
FAQs on Safe Management Measures at the workplace after Circuit Breaker period
なお、上記の安全管理措置については随時更新されているため、今後もシンガポール政府の発表に留意する必要があります。
A. 安全管理措置を遵守しなかった場合、新型コロナウイルス暫定措置法(COVID-19 (Temporary Measures) Act)に基づき、1万シンガポールドル以下の罰金もしくは6か月以下の懲役またはその両方が科される可能性があります。
また、労働安全衛生法(Workplace Safety and Health Act (Cap.354A))により、使用者は、職場の安全と健康を確保するために必要な合理的措置を講じる義務を負っています。当該義務に違反した場合、使用者が個人の場合は20万シンガポールドル以下の罰金もしくは2年以下の懲役またはその併科、使用者が法人の場合は50万シンガポールドル以下の罰金を科される可能性があります。
また、義務違反が改善しない場合、更に重い刑が科される可能性もあります。
さらに、従業員が業務中に新型コロナウイルスに感染した場合、使用者は、労働災害補償法(Work Injury Compensation Act (Cap. 354))に基づき、従業員に対して補償が必要となる可能性もあります。
Q1.,Q2.担当 朝倉亮弁護士、山本純代弁護士、ハンナ テイ(フォーリン・リーガル・アソシエイト)
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A. シンガポール人材開発省(Ministry of Manpower)等は、2020年5月20日、新型コロナウイルスによる経営難の結果として整理解雇を実施する場合の整理解雇手当(retrenchment benefit)にかかるガイドライン(Advisory on retrenchment benefit payable to retrenched employees as a result of business difficulties due to Covid-19)(「本ガイドライン」)を公表しました。
本ガイドラインでは、整理解雇は最終手段として行われるべきものであり、以下のような代替手段では不十分な場合に限り実施できることが強調されています。
- ・シンガポール政府による訓練助成金制度や雇用支援のための賃金補填制度(Jobs Support Scheme)の利用
- ・シンガポール人材開発省等が2020年3月11日に公表したガイドライン(Tripartite Advisory on Managing Excess Manpower and Responsible Retrenchment)に従った、勤務日の削減、一時解雇等のコスト削減策の実施(詳細については、ASIA & EMERGING COUNTRIES LEGAL UPDATE(2020年5月号)参照。)
整理解雇が避けられない場合、本ガイドラインは整理解雇手当の支給に関し、雇用主の財務状況に応じた以下の対応を求めています。
労働組合との間で、相互に受け入れ可能な整理解雇手当のパッケージにかかる交渉
(ii)労働組合が存在しない場合
一時金としての整理解雇手当の支給(従業員の勤続年数にかかわらず、月額給与の1~3ヶ月分の手当を給付すること等)
さらに、本ガイドラインは、賃金の低い従業員については、従業員の生活への影響等を考慮の上、整理解雇手当を増額する等の対応を取るよう求めています。
A. 雇用主は、従業員数が10名以上の職場において、6か月以内に5名以上の従業員についての整理解雇を実施する場合、従業員に対して整理解雇にかかる通知を行った日から5営業日以内にシンガポール人材開発省に届出をする必要があります。
Q1.,Q2.担当 朝倉亮弁護士、山本純代弁護士、オス アガルワル(フォーリン・リーガル・アソシエイト)
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A. シンガポール国際調停センター(Singapore International Mediation Centre(SIMC))での調停による解決が考えられます。A社との契約上当事者間で紛争が発生した場合に調停を行う旨の規定がない場合、当該紛争についてSIMCで調停を行うことについてA社の同意を得る必要がありますが、訴訟や仲裁と比較すると、紛争の早期解決および紛争解決費用の削減が期待できます。特に、SIMCは、2020年5月18日、コロナ禍において国際的な商事紛争を迅速、経済的かつ効果的に解決することを目的として、新型コロナウイルスプロトコル(Covid-19 Protocol)(「本プロトコル」)を公表しています。なお、本プロトコルは、国際的な商事紛争に限らず、シンガポール国内における商事紛争にも適用されます。
本プロトコルの概要は、以下のとおりです。
- ① 当事者は、SIMCのウェブサイトに申請書を提出し手数料(250シンガポールドル)を支払うことで、本プロトコルに基づき調停を申し立てることができる。
- ② SIMCは10営業日以内に調停を実施する。
- ③ 調停費用は、通常よりも低く設定されており、具体的には以下のとおり(一当事者あたりの金額で、調停者の報酬を含む。ただし、一定の条件あり)。
- ・訴額100万シンガポールドル未満の場合:3000シンガポールドル
- ・訴額100万シンガポールドル以上500万シンガポールドル以下の場合:6500シンガポールドルまたは訴額の0.3%の金額のいずれか低い方
- ・訴額500万シンガポールドル超の場合:1万シンガポールドルまたは訴額の0.13%の金額のいずれか低い方
- ④ 調停成立を促進するため、事件は経験豊富な調停委員に割り当てられる。
- ⑤ 調停はオンラインで実施される。
- ⑥ 本プロトコルは2020年12月31日まで効力を有する。
- ⑦ 本プロトコルは、パンデミックまたはパンデミックに関連する法令によって重要な程度引き起こされた紛争について適用される。
なお、新型コロナウイルス暫定措置法(Covid-19(Temporary Measures)Act 2020)は、調停による紛争解決を禁止していないため、同法による救済措置の対象となり訴訟提起等が禁止されている契約についても、当事者間での合意がある限り調停による解決を求めることができます。調停が成立した場合、調停合意は、一定の場合を除き、調停法(Mediation Act 2017)に基づき裁判所命令(Court Order)として記録されることにより、裁判所命令と同様の執行力が与えられます。また、シンガポール調停条約(Singapore Convention on Mediation)が2020年9月12日に発効した後は、一定の場合を除き、同条約の批准国(2020年6月22日現在の批准国はシンガポール、サウジアラビア、カタール及びフィジー共和国。)において裁判や仲裁を経ることなく当該調停合意を執行することができます。
なお、SIMCにおける調停手続きの詳細については、SIMCが調停規則の和訳を公開しておりますので、こちらもご参照ください。
<シンガポール国際調停センター(SIMC)>
シンガポール国際調停センター 調停規則