WTOへの信頼が揺らぎ、自由貿易体制の動揺が見られる一方で、米中対立や地政学的リスクの高まりの結果、通商問題に安全保障の考慮が前面に出されるようになった。グローバルな企業活動の不確実性が増している中で、当事務所の通商・経済安全保障のプラクティス・グループにおいては、経済インテリジェンスを集積し、幅と奥行きのあるアドバイスを引き続き提供していく。
対談参加者
1.近時の通商・経済安保の世界情勢
中川:日本企業から信頼をもって語られてきたWTOへの信頼が揺らぎ、自由貿易体制の動揺が見られます。 全加盟国のコンセンサス方式による意思決定の限界、途上国の発言力の強まり、さらには、WTO紛争解決上級委員会が機能が停止しているという問題もあります。 しかし、日本企業にとって、海外マーケットの活用は大事です。このため、WTOに引き続きコミットし、 自由貿易体制を再構築することは日本の通商政策にとって重要ですし、日本企業からのその点への期待はあります。
高橋:海外マーケットの活用には、各国の政府の政策・措置の実態と、今後の見通しが重要な情報となります。 また、日本企業が競争上不利となる措置には、WTOルールに照らし、政策目的に照らして不適切な点を整理し、是正を求めるなど、 WTOを中心とした国際ルールの戦略的な活用も重要です。
中川:通商問題における安全保障の考慮が前面に出てきていることも近時の特徴です。 一つには中国の台頭と軍事力の強化に、特に米国が不信感を強めていることが大きく影響しています。 とりわけ、先端技術をめぐる対立が激化し、半導体、AI等の対中輸出規制や、先端技術分野への投資規制の強化が見られます。
高橋: 経済政策のためであれば正当化できるとして、一方的な関税引き上げや、域内産品優遇措置も増えています。 ある国の措置に連動して他国の措置がとられ、さらに、連動して第三国が類似措置を取る例もあります。 日本企業への影響と対策を検討するとき、各国の措置を俯瞰的に見て、状況分析をする必要があります。
藤田:対内直接投資規制については、各国が規制を強化するというトレンドが続いています。 重要技術・データといった分野を中心に規制内容や実際の審査が強化されています。 欧米では、取引が禁止される例も見られます。
中川: 米中対立については、人権も論点です。ウイグルでの強制労働に関連して、米国法の適用により、 日本企業への具体的影響も生じました。
横井: 実務上は、ウイグルで生産される製品の不使用についての証明方法がよく問題となります。取引先から誓約書を取得する場合、中国の反外国制裁法との関係での検討も必要です。米中の板挟みとなる企業もあります。 米中の板挟みは、人権関連の法制のみならず、制裁法対応や貿易管理などでも問題となります。この点、M&A案件において、対象企業の経済制裁や輸出規制への遵守状況、法令では禁止はされていないがセンシティブな投資や取引における技術安全・情報安全の側面からの対応方針などを調査する、いわゆる「経済安保DD」を行うことがあります。経済安保DDは必ずしも全ての案件で必要となるわけではないですが、センシティブな業種では実施すべきでしょう。
藤田: 経済制裁や貿易管理の観点からは、実務上最も大きな影響があるのは米国の動向です。 ロシアのウクライナ侵攻後、米国の制裁対象者が大幅に増えています。非米国企業が制裁対象者との取引を行った場合、制裁対象者として指定される、いわゆる「二次制裁リスク」があります。 直近では、中国、スイス、トルコといった国からも制裁対象者が出ており、日本企業も対岸の火事とはいかない状況にあります。 また、国内外の輸出規制違反に関する相談が増えています。企業は、経済制裁や輸出規制の内容・動向に関する情報を随時入手した上で、自社のサプライチェーンについてリスクに応じたDDの実施や、関連法令を遵守するための適切な社内体制の構築などの対応が必要です。
髙嵜:サプライチェーン多元化が各国の経済安全保障政策でもポイントとなっており、自社のサプライチェーンの把握は、制裁対応以外でも役立ちます。 例えば、部素材調達の安定性が補助金の要件となっているため、各部素材の調達先や代替調達先といった情報が求められたり、サプライチェーンの報告が規制中で求められたりする措置があります。
中川: 当面は、通商で安全保障の考慮が前面に出る状況が続く見込みです。ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・ガザの戦争、朝鮮半島、台湾関係、南シナ海の緊張の高まりなど、地政学上の問題があり、通商に影響します。 企業規模を問わず、安全保障リスクへの対応の必要性は高まる一方だといえます。
横井: 例えば、台湾有事リスクについては、日本が対中経済制裁を行い、日中関係も悪化することまで含めて対応する必要があり、中国関連ビジネスがある企業も備えが必要でしょう。 台湾、中国の財産や事業そのものをどうするか、契約上の備えや事業縮小や撤退する場合のシミュレーションも重要です。
2.経済インテリジェンスの重要性
横井: 通商、経済安全保障の問題には、最近よく言われる経済インテリジェンスが重要です。AMTは国際性に特徴があり、70年を超える歴史で培った国際的なネットワーク、アジア・ヨーロッパに展開した支店網を通じて、随時各国の情報を入手しています。また、所内でも、通商・経済安保分野に熟知した多様なバックグラウンドの人材を揃えており、依頼者の幅広いニーズに応えられる体制を整えています。たとえば、本日の対談に参加している中川先生はアカデミアの出身ですし、高嵜弁護士は官庁での長い勤務経験を有しています。
藤田: 所内外で収集した世界中の最新の情報は、AMTの豊富な知見と有機的に結合され、クライアントの皆様へのアドバイスに活用されているといえますね。通商・経済安保をとりまく状況は急速に変化し、カバーすべき法域や規制内容は多岐にわたります。こうした中で、国際通商・経済安保の法務においては、経済インテリジェンスを集積し、幅と奥行きのあるアドバイスを引き続き提供することが重要であると考えています。
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