【第4回】ILO・田中氏とディーセントワークについて考える(国際労働機関(ILO)駐日事務所・田中竜介氏×パートナー弁護士・今津幸子&アソシエイト弁護士・西内愛)
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近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組みをご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第4回では、国際労働機関(ILO)駐日事務所・プログラムオフィサ―の田中竜介氏にお話を伺い、そのインタビューの様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2022年4月19日オンラインにて実施。

【第4回】ILO・田中氏とディーセントワークについて考える
(国際労働機関(ILO)駐日事務所・田中竜介氏×パートナー弁護士・今津幸子&アソシエイト弁護士・西内愛)

目次

Q1:SDGsの目標8が目指す「企業と労働の位置付け」とは

今津本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。長年、労働法プラクティスに携わっておりますが、最近は、「ディーセント・ワーク」(Decent Work:働きがいのある人間らしい仕事)の考え方が広がり始めて、雰囲気が変わってきたなと感じております。どうぞよろしくお願いいたします。

田中氏こちらこそ、ありがとうございます。私も、もともとは弁護士として仕事をしており、労働法務も取り扱っていました。ILOに入職して以来、政府の方々と意見交換をしたり、ステークホルダーの方々から直接、実務的視点や要望を伺ったり、法律分野にとどまらず労働や社会経済の政策に関する世界的議論を見聞したりして、貴重な経験をさせていただいています。まだまだ勉強中の身ですよろしくお願いいたします。

西内早速ですが、SDGsの目標8が目指す「企業と労働の位置付け」とは、どのようなものでしょうか?

田中氏SDGsは経済、社会、環境の観点から地球と人間の持続可能性を維持するために17の目標を設定しており、自社がどの目標にどのように貢献できるのか悩まれることも多いと聞いています。企業の方々にぜひ読んでいただきたいのがSDGsの前文です。17の個別の目標について社内外で意識を共有するために振り返っていただきたいのです。SDGsの前文には、私たちの目指す「2030年の世界のありたい姿」が書かれています。雇用や労働に関して、労働基本権の尊重はもちろん重要ですが、”Decent Work for All”(働きがいのある人間らしい仕事をすべての人に)という概念が登場します(2030アジェンダ第9項)。ここで注目されるのは、「for All」、すなわち働き方や働く場所にかかわらず尊厳が確保された仕事を提供することで、「誰一人取り残さない」ようにする、という視点です。世界でも日本でも多様な働き方があって、不安定な立場、脆弱な立場の人たちがいます。特に国境を跨いで働く移民労働者は、最も脆弱です。経済のグローバル化に伴って、こうした脆弱な人々の労働と世界的な生産システムは切り離せなくなってきました。脆弱な労働者の支援にみんなでいち早く優先的に取り組んで包摂的な社会を実現していなかければならない、というのが2030年に向けた目標です。

西内なぜ脆弱な労働者を守るという視点が重要なのでしょうか?

田中氏脆弱な人々の間では特に、極度の貧困と不平等が世界レベルで蔓延しており、これ以上広がると地球がもたなくなってしまうからです。限られた資源を将来の世代の分まで乱獲したり、そのことで気候変動を引き起こして人々の生活を脅かしたりするのと同じことが、社会状況にもいえます。貧困と不平等は社会を不安定にし、紛争や反社会的行為を引き起こし、それがさらに脆弱な人々を追い込み、社会から見えなくさせます。これは先進国であっても途上国であっても同様で、日本でも思い当たることがあるはずです。脆弱な層に最初にアプローチして、その方々に平等な機会と人間らしい仕事を提供して貧困と不平等をなくさなければ、これ以上地球を維持できないと叫ばれているのです。
こうした観点から、SDGsの目標8は「ディーセント・ワーク」を掲げています。目標8の個別のゴールで注目されるのは、まず、強制労働や人身売買、現代の奴隷制、児童労働をなくすことです。強制労働・児童労働などは深刻な人権侵害であり、貧困と不平等の温床ですから、根絶すべき対象として列記されています。そもそも、児童や弱い立場の人々を搾取するような形態で残っている産業は持続可能ではありません。また、テクノロジーの進歩や新たな価値の創造(イノベーション)も、その前提として質の高い雇用があってこそ、実現されるのではないでしょうか。経済成長と労働は密接にリンクしているのです。SDGsは、経済成長と「ディーセント・ワーク」の実現とを一緒のゴールに並べたうえで、経済成長を「包摂的」なものにしなければならないとしているところに特徴があります。誰も取り残されない社会を実現するために、どのようにディーセント・ワークを生み出していくか、国にも民間にも果たせる役割があるように思います。

西内「ディーセント・ワーク」を実現するためには、中長期的視点での取組みが必要であるように思います。

田中氏はい、その視点こそがSDGsを理解するうえで肝心な点ではないかと思います。つまり、ディーセント・ワークを促進することにより、短期的な経済的利益の追求を超えた「持続可能な」経済成長を図ることが目指されています。労働をコストとして捉え、労働者の職業的発展に資する育成に投資せず、短期的利益を上げるために労働者の能力と限界を超えた仕事を課すことは、持続可能でないといえるでしょう。そのような事業方針では、将来生産性の高い有能な人材を確保することも困難になります。最近では、企業の中長期的な発展を重視するように投資家も変わってきていて、サステナビリティをトピックとした株主権行使も増えてきているようです。政府でも長い目で企業の成長を促すべく四半期開示を見直すことになりました。これに合わせて、企業も中長期的に労働の付加価値を考えようとする動きが出てきています。労働者のもたらすイノベーションや技能構築が会社全体の中長期的成長に及ぼすプラスの効果を改めて見直す時期に来ていると思います。
当たり前のことかもしれませんが、質の高い雇用を生み出すこと自体が社会経済の発展に資することを再認識すべきです。例えば、日本企業がカンボジアに工場を作って労働者を雇用すると、労働者が手に入れた賃金が、税や消費という形でいずれはカンボジアという国家の社会経済システムを作る原資になります。労働と経済は、回り回って社会政策に影響するのです。このように考えることによってこそ、SDGsの目標8をポジティブに捉えることができます。

Q2:ILOの取組み

西内SDGsとの関係でILOが取り組んでいるのは、どのような課題でしょうか?

田中氏現在、ILO駐日事務所として中心的に取り組んでいるのは、企業のサポートです。企業はマーケットの主体であり、企業の行動が変われば、マーケットも変わっていくからです。人権尊重というSDGsの考え方に沿った価値観を尊重するマーケットになれば、強制労働や児童労働を許容する企業は淘汰されていくはずです。
 私たちの活動の中では、個別企業ではなく、業界団体と一緒に活動をすることのほうが多いです。日本で一緒に活動している最も大きな団体は経団連(日本経済団体連合会)ですが、その他にも、日本繊維産業連盟やJEITA(電子情報技術産業協会)などとも連携しています。業界団体との連携では、企業の人権尊重に関して業界のガイドラインの策定に協力したり、会員企業への啓発や能力構築もお手伝いしています。特にSDGsや「ビジネスと人権」の分野では専門家が足りていませんので、SDGsの真意をみなさんに理解していただいて、実際にグローバル目線で取り組んでいただける方を企業内外でもっと増やせるように努めています。

西内日本政府との関係はいかがでしょうか?

田中氏政府はSDGs達成に向けた最も重要なパートナーですので、政策立案への協力とともに、政府と共同した民間への働きかけも行っています。経済産業省が現在(2022年6月)策定中の「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」について、経験に基づいてインプットをさせていただいています。
公共調達に関連する基準作りへの協力もあります。法令や制度だけでなく、調達という公的機関の経済活動によっても、民間に取組みのインセンティブを与える効果が期待できます。東京オリンピックパラリンピック大会(Tokyo2020)の持続可能性に配慮した調達コードは、その意味で先進的な取組みでした。ILOの中核的労働基準及びILO多国籍企業宣言などグローバルスタンダードを踏まえて、ステークホルダーとの対話のうえで調達ルールが策定されたからです。調達コードは、大会スポンサー企業にも浸透し、ディーセント・ワークに関する多くの好事例を生み出しました(ILO Fair Play 取組事例集)。ILO駐日事務所としての目標は、SDGsの活動をローカライズすることですから、これからも日本のパートナーを力づけていきたいと思います。

西内厚生労働省との協働はいかがでしょうか?

田中氏厚生労働省は重要なパートナーです。ILOは、厚生労働省から分担金と任意拠出金という形で資金的なサポートを受けており、特に後者の資金は、特にILOのアジアにおけるプロジェクトに活かされています。例えば、日本も経済的恩恵を受けているアジアのグローバルサプライチェーンを見てみますと、インフォーマルな働き方をする移民労働者が多く、脆弱な立場に立たされているケースがあります。特に、女性の移民労働者は、より不安定な雇用で、全体的に男性労働者に比べて低い賃金で働いています。こうした状況を改善する観点から、ILOは、男女平等の就労環境を作り出すための様々なプロジェクトで厚生労働省とご一緒しています。
また、日本国内では、技能実習生をはじめとする外国人労働者の問題に関してどのような改革が必要か、「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020年策定)に基づいてどのようなアクションを取るべきか、厚生労働省や労使団体と一緒に考えています。

Q3:SDGs目標8の達成に必要な企業の役割とは

西内SDGs目標8の達成のために企業がすべきことは何でしょうか?

田中氏企業の方々には、自社事業で人権侵害が起きていないかどうかを確認することはもちろんのこと、サプライチェーンへの働きかけを意識していただきたいと思います。企業がサプライチェーンを通じて社会に与える影響は極めて大きいからです。
企業が人権と社会に与える負の影響は、枚挙にいとまがありませんが、強制労働のように自由を拘束してまともな賃金を払わずに労働者を使う、外国の方を内国民と差別して働かせる、というような例があります。企業には、まず、このような負の影響が自社ビジネスに関連して行われていないかどうかを特定することが求められますが、それすら簡単ではないと伺っています。
さらに、こうした人権侵害が取引先で起きていることを発見した企業には、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿った働きかけが求められます。取引先は自社とは別の法人格ですので、企業として、どのように働きかけて改善を促すのかが難しいところですが、取引上のサンクションを与えて訴えかけるような方法だけでなく、人権尊重の取組みに向けたインセンティブを与えることも重要だと考えています。罰則を背景とした強制は、時に情報の隠ぺいを生むこともあるからです。
業種にもよりますが、サプライチェーンの末端に行けば行くほど、経営体力のない小さな会社になっていくことが多く、守るべき脆弱な人々は末端にこそ多く存在して貧困と隣り合わせの生活をしています。そうした人々の声を拾えるように苦情処理窓口の対象を拡大して、声が届く仕組みを整備するという方法もあります。そこまでいかなくても、労働組合や労働者代表の方がしっかり職場の不満を吸い上げているかどうか、きちんと対処しているかどうかを確認するだけでも意味はあるでしょう。買い手として、「このような事例にはこのように対処してみてはどうか?」と具体的な方法を示して対処を促すことができれば、それも良いでしょう。
例えば、ある日系自動車部品メーカーは、タイの生産工場において、すでにコミュニケーションが確立していたQCD(Quality, Cost and Delivery)の確認プロセスに労働安全衛生の確認項目を加えることによって、QCDと一緒に労働環境に関するコミュニケーションも行うという画期的な取組みをなさっています。こうしたコミュニケーションがあれば、サプライヤー側にも取組みのインセンティブが生まれ、また現場の労働者にも「安全に働きたい」という要望を労働環境に実際に反映できるというメリットが生まれます。

西内実際に人権侵害の有無をチェックするのは様々な困難があるように思います。

田中氏はい、難しいという声が世界中から聞かれます。一般的に、人権デューディリジェンスの一環として監査を行うことがありますが、複数のバイヤーから一貫性のない監査の対応を迫られ、監査を受ける側が疲弊してしまうことが報告されています。また、例えば、労働集約産業で世界中に工場がある場合には、世界中の工場のコンプライアンスを同一の監査基準で見ていくのはとても大変です。
この点、ILOには、ベターワーク(Better Work)と呼ばれる生産現場の労働環境を労使の協働により継続的に改善していくプログラムがあります。ベターワークに加盟しますと、このプログラムで実施する監査以外の監査ができなくなりますので、これにより監査を一本化し、監査疲弊を回避しています。また、国際労働基準と現地労働法の遵守状況を確認することによって、人権尊重責任の要請をカバーします。ベターワークが入った工場では、労使間の協働によって監査と改善プロセスを実施します。監査に対応する労働者のリーダーを選出してもらい、個別労働者のヒアリング等を通じて意見を吸い上げて改善していくということを繰り返すことによって、一連の監査・改善プロセスへの労働者側のオーナーシップを引き出します。そして、最終的には、労使双方が納得して職場環境改善に取り組むようになり、それが生産性向上へと結びついていきます。
監査の結果については、ILOが監査証明を出しますので、これが特に欧米のブランドを中心としたバイヤーとの取引につながっており、工場のインセンティブにもなっています。このような労使双方のイニシアチブを引き出して継続的改善を促す方法は、他の生産国の実務にも応用できる非常に現実的な手法だと思います。こうした好事例は他にもたくさん存在すると思いますので、ILOとしては好事例を常にアップデートして企業の皆様に提供していきたいと考えています。

西内企業と労働者の双方がWin-Winになるやり方ですね。ところで、企業が社会に与える「正の影響」は何でしょうか?

田中氏企業が与える負の影響は、特に労働の分野においては、正の影響とも強く結びついています。負の影響と正の影響が表裏になっているともいえるでしょうか。例えば、ハラスメントの対策では、その過程でロールプレイ型の研修実施や職場リーダーの選出、複数相談ルートの確保など、労働者同士のコミュニケーション向上につながる方策がとられ、それが働き方改革などの諸施策とも結びついて労使双方によい効果をもたらしている事例があります(参考:厚生労働省-職場のパワーハラスメント対策取組好事例集)。
ビジネスと人権の中でも、労働の分野で特徴的なのは、企業と労働者とが雇用契約でつながっていることにより、本来的に、不幸な関係を避け、継続的な関係を築こうという双方の意思が合致しやすいという点です。労使双方が持続的な関係発展を目指して、コミュニケーションの向上、生産性の向上、ハラスメントの根絶、ダイバーシティの向上、女性取締役の増加、外国人に対する差別の禁止などに取り組むことによって、多様性があり、誰もが働きやすい職場を実現することも可能になります。SDGs目標8は、「ディーセント・ワーク」と経済成長とをトレードオフにせずに実現しようとしていますが、これは、普段からやっている取組みの延長線上にあると捉えることもできるのではないでしょうか。

Q4:SDGs対応が企業自身にもたらす意義

西内企業が社会に与える正の影響に近いかもしれませんが、SDGsに対応することが企業自身にもたらす意義は何でしょうか?

田中氏現在、国際社会では非常に速いスピードで変化が進んでいて、企業は変化への対応を求められています。特に欧州や米国では、人権尊重に関する取組みを義務付ける法制化の動きが瞬く間に進んでいます。
このような状況の中で、外国での法制化につぶさに対応していくことは必要ですが、求められる事項も様々で政治的な背景が存在していたりもします。ビジネスと人権もSDGsも、企業が社会の一構成員である以上、自社のステークホルダーからの期待を把握し社会課題に積極的に取り組んでいくように求めており、それが企業自身の持続可能性につながることを示しています。SDGsを重視する考え方を従業員に浸透させていけば、スピード感のある変化にも一貫性をもって対応することができ、従業員が人権重視の考え方をきちんと説明できるようになれば、それが取引先やステークホルダーへと伝播し、やがて社会の認識も変わってくるように思います。まずは欧米の動きを人権尊重への社会的期待の急速な高まりと捉えて、法制化に形式的に対応するのではなく、社会的期待に関してステークホルダーと対話を始めてみるということではないでしょうか。

今津欧米企業の人権尊重の意識がそれだけ高まっているのであれば、今後、欧米企業が日本企業を取引先に選ぶ際に、労働環境はどうか、女性の立場はどうかというような欧米企業からの問い合わせも、今後、当然に増えてくるのでしょうね。経営陣がいち早くこれを意識して、労働に関する人権重視の姿勢を社内外に明確に示し、実践することが、日本企業にとって重要になると思います。

田中氏はい、おっしゃるとおりです。投資家も、労働環境に注目した投資行動をし始めるように思います。例えば、電子部品業界では、部品が世界中で生産され、組み立てられ、最終製品が世界中で売られていきますので、それだけ期待も大きいのですが、JEITA(電子情報技術産業協会)は、高いスタンダードでの業界ガイドラインをいち早く策定しました。ILOもその過程でお手伝いをさせていただいています。
他方で、日本では、人権課題・人権侵害といっても何を指すのか、理解が進んでいないという現状があるように思います。例えば、外国人労働者の過酷労働、部落差別、ジェンダー差別、ヘイトスピーチ、ハラスメント、男女賃金格差、長時間労働、不当労働行為など、現実には様々な問題がありますが、これらはすべて人権侵害の問題といえます。
米国の国務省が公表している人身取引レポート(Trafficking in Persons Report)において、日本はもはやトップレイヤーではなく、真ん中の水準にランク付けされていて、それがここ数年続いています。特に移住労働者との関連で、日本の労働プラクティスに対しては世界から疑問符が付いてしまっている状況といわざるを得ません。先ほどお伝えしたとおり、国境を跨いで働く人々は脆弱な立場に立たされています。そうした人々は、サプライチェーンの末端で社会から見えにくいところで搾取の憂き目にあっています。それが、人身取引、強制労働と指摘されているのです。私たちも、何が人権課題なのか、きちんと認識して説明できるようにすべきだと思います。

西内現実には、外国からの労働者を単に安い労働力と考えてきた企業も少なくないように思いますので、かなり大きな発想の転換が必要ですね。

Q5:今後の取組み

西内今後の取組みとして、どのようなことをお考えでしょうか?

田中氏色々な課題はありますが、企業の人権に関する意識を高める活動をしていきたいと思います。日本の企業も、こういうところに人権侵害のリスクがあるのだ、危ないのだと気付き始めたように思います。「人権」という言葉自体が極端にセンシティブに受け取られることもあるようですが、人権は世界中どこにいても保護され尊重されるべきものです。だからこそ、国内の法令遵守と同じように、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(UN Guiding Principle)のような国際文書にも目を向けてほしいと思います。そして、人権の課題において、企業がステークホルダーとの共存関係の上に成り立っていることを知ってほしいのです。企業が自国の法令を守っているだけではステークホルダーが求めていることを実現できません。ステークホルダーは、関係国の法令とともに、国際的な人権の尊重を、社会における企業との共存の前提条件として求めはじめているのです。人権尊重は個人の尊厳(Dignity)の問題です。すべての企業が、単なる法令遵守の問題ではなく、一人一人の尊厳として人権を捉え、事業を通じてつながる社会と共存していくことを啓発していきたいです。

それから、「リスク」といえば企業は経営上のリスクを考えがちですが、脆弱な立場にある労働者を取り残さない(Left Behindしない)ためには、自社が活動する社会全体に負の影響のリスクがあるという発想への転換が必要です。地球全体から見ますと、“Attentive”な経営者、つまり、社会から周縁化(Marginalized)された人々への負の影響を積極的に見つけ、細やかに気配り目配りのできる経営者がリーダーとなっています。企業活動が人権にどのくらい影響を与え、企業活動を支えている人たちにどのようなことが起きているのかを考える、という発想への転換が求められていると思うのです。国レベルでも、そうした企業活動を引っ張っていくために、国際基準へのコミットメントがもっとあってほしいと思っています。

最後に、法律に関わる皆様にも役割があると感じています。裁判規範の中にまず国際的に認められた人権、国際労働基準、そして「ディーセント・ワーク」が入ってくるようにお力添えいただきたいと思います。司法判断は、社会における規範の適用を個人の人権に則して正しい方向へ導く作用があると思います。私も弁護士として活動していた時代には主張書面に国際規範を引用するということまで意識が及んでいませんでしたが、国内の裁判例では、まだまだ国際人権規範や国際労働基準の引用が少ないように思います。現在の国際情勢の中で日本が置かれた位置に照らして、国際社会で合意された条約の意義をしっかりと捉えなおし、条約の趣旨が法律を通じて日本で実現されているかどうかを、裁判を通じて問い直すことができたらと思います。その意味で、「ディーセント・ワーク」は世界の大多数の人がその実現に向けて力を合わせようと合意している理念であり、「ディーセント・ワーク」が裁判例に用いられるようになることで、日本も、人権に関する国際基準に基づいた社会になることができると思うのです。

今津「ディーセント・ワーク」の考え方は、「人権」というよりも、「個人の尊重」というほうが分かりやすいかもしれませんね。
我々としても、「ディーセント・ワーク」の内容を具体化・明確化するように心がけつつ、裁判規範として「ディーセント・ワーク」の考え方が用いられるように頑張りたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

国際労働機関(ILO)駐日事務所
プログラムオフィサ―
田中 竜介 氏

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