【第7回】グライスルッツ法律事務所×AMT対談 サステナビリティと競争法について考える(グライスルッツ法律事務所 パートナー・ウルリッヒ デンゼル氏&カウンセル・グレゴール ウェッカー氏×パートナー弁護士・矢上浄子&アソシエイト弁護士・ステファニー スカンヂウチ)
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更新日
2024年10月15日

近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組をご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第7回では、グライス・ルッツ法律事務所 ウルリッヒ・デンゼル氏とグレゴール・ウェッカー氏にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2022年9月13日オンラインにて実施。

【第7回】グライスルッツ法律事務所×AMT対談 サステナビリティと競争法について考える
(グライスルッツ法律事務所 パートナー・ウルリッヒ デンゼル氏&カウンセル・グレゴール ウェッカー氏×パートナー弁護士・矢上浄子&アソシエイト弁護士・ステファニー スカンヂウチ)

目次

Q1:「SDGsと競争法」の意義とは

矢上本日は、「SDGsと競争法」に関するインタビューに応じていただき、ありがとうございます。2030年までに達成すべきSDGsのゴールは17項目ありますが、競争法や競争政策によってより効果的にその実現に貢献できるのはどの項目でしょうか?

デンゼル氏こちらこそ、ご招待をありがとうございます。このトピックについて皆さんとお話しができることを嬉しく思います。なぜなら、これは競争法の「素晴らしき新世界(Brave New World)」の領域であり、今後数年のうちに世界中の競争法のエンフォースメントを形作るものだと考えているからです。

欧州では、競争政策をめぐる議論はSDGsのゴールのいずれにも特化したものではなく、全体的な目標としてのESGに向けられています。「環境問題(Environmental issues)」を表す「E」は、競争法とそのエンフォースメントの観点から最も重要な要素であると考えられますが、「社会的配慮(Social considerations)」を表す「S」の重要性も増しています。その結果、現在取り扱われている事例においても社会公共利益への関心がますます高まっており、今後の事例では、そのような利益への配慮がさらに重要になると考えられます。競争政策に関して最も関連性の高いSDGsのゴールとしては、13「気候変動に具体的な対策を」、14「海の豊かさを守ろう」、15「陸の豊かさを守ろう」、12「つくる責任つかう責任」および11「住み続けられるまちづくりを」であると考えます。ウクライナでの現状とそれに伴う欧州大陸のエネルギー危機に関連性の高いSDGsゴールは、7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と6「安全な水とトイレを世界中に」でしょう。そして、17「パートナーシップで目標を達成しよう」という最後のゴールは、カルテルのエンフォースメントにとって特に重要です。

ウェッカー氏私たちが目にするのは、企業は、企業間の共同行為を正当化するためにSDGsを掲げる傾向があり、それが時に競争法の限界を拡げているということです。

矢上従来から、日本の企業は、研究開発プロジェクトを行うために競合他社と連携する傾向にあります。日本の独禁法の執行機関である公正取引委員会は、価格に関する問題に波及しない限り、共同でのプロジェクトに対して厳格な摘発は行っていません。一方で、企業は、その活動が環境のためになるとしても、特に欧州委員会によって反競争的とみなされるのではないかという点を懸念しています。企業がそのような活動を行う際に、競争法上のリスクを効率的に軽減するにはどうすれば良いですか。

デンゼル氏私たちは、カルテルのエンフォースメント両極にある事例を見てきました。その一つ目の極はエンフォースメントにおける寛容さで、これは競争当局がSDGsに関する企業間の情報共有や(違法ともなり得る)一定の共同行為を正当化し、このような協力をより好意的に見る傾向があるというものです。
もう一つの極は特に欧州委員会によるエンフォースメントの積極化であり、「素晴らしき新世界」の領域における競争法のエンフォースメントとして、伝統的な価格カルテルに対する摘発や制裁金の賦課を超えた、新世代の事例がみられるようになっているというものです。これらの事例は、環境や持続可能性に反する共謀行為に関するものであり、中でも欧州委員会の自動車の排出ガス事案が最も重要かつ典型的な事例として挙げられます。
したがって、全般的なアドバイスとしては、早めに弁護士に相談し、グレーゾーンにいると感じたら、可能な範囲で競争当局に相談することです。

Q2:欧州の競争法違反行為の調査における動向

スカンヂウジドイツの連邦カルテル庁(FCO)や欧州委員会は、調査の際に、どのように持続可能性に関する要素を考慮しているのでしょうか?

ウェッカー氏さきに述べたように、「素晴らしき新世界」の領域における協力は、従来の価格カルテルのレベルをはるかに超えています。かかる領域の対応には、政府当局が環境保護や持続可能性全般に逆行するような行為を積極的に摘発することも含まれ、またその対応はイノベーションとも密接な関係があると考えています。
その一例として、欧州委員会の自動車の排出ガス事案が挙げられます。同委員会は、自動車の放出物質の浄化技術に関する開発競争において、自動車メーカーらがEU基準で要求されている以上の浄化能力を発揮し得る技術使用を回避しているとして、これらのメーカーに多額の制裁金を課しました。このように、企業がイノベーションを妨害しこれを制限する行為は、実際にSDGsに打撃を与えることになります。
その一方で、企業間の連携がSDGsへの貢献につながっている例も多く見られます。この二つの側面は、既に目にしている事例からも見て取れるもので、特に持続可能性に関する側面は今後継続的に発展していくことが明らかです。また、これらの事例は、企業間のカルテルとSDGsを推進する合意が紙一重であることも示しています。

矢上EUレベルでは自動車の排出ガス事案があり、オランダの消費者市場庁(ACM)でも「Chicken for Tomorrow」事案が取り扱われています。EU加盟国の各当局は、これらの問題に対してどのような関心を示していますか?

デンゼル氏オランダのACMは、この分野において独創的な対応を見せています。ACMは、持続可能性の側面を非常に重視しており、柔軟性をもって、これまで違法とみなされてきたものに対する従来の評価枠組みを変えていこうとしています。またオーストリア政府も、持続可能性に関する要素の評価を容易にするために、既に法改正を行っています。ドイツのFCOもこの分野では非常に積極的であり、一定の柔軟性を示していますが、従来の競争法エンフォースメントの実務の基盤を変える意思まではないようです。このように、各加盟国は自国における事例について議論を深め、欧州委員会がこれを追随しているという状況にあります。

スカンヂウジ日本の公正取引委員会は、行為事例や環境の観点からどのように対応しているのでしょうか。

矢上公正取引委員会は、企業間の技術や開発にかかる協力には寛大であり、価格に関連せず、また競争に影響がない場合には、特にこれらを問題とすることはありません。同委員会は、グリーンウォッシングやESG、環境保護政策の方向に絡むその他の問題については、依然として態度を明らかにしていません。

Q3:欧州の企業結合規制における動向

矢上MibaとZollernの合弁会社の設立を禁止したドイツFCOの決定は、日本企業にとっても妥当な判断として受け止められましたが、その後の展開は驚くべきものでした。ドイツの連邦経済エネルギー省は、当該合弁会社の設立がドイツの経済、労働および環境に有益であるという理由で、FCOの決定を覆しました。これは、ドイツでも珍しいケースといえるでしょうか?

デンゼル氏これは非常に特殊な事例で、一般論として今後の事例も同様に処理されると考えてはなりません。ドイツ法では、一定の場合に、競争に関連しない理由により、FCOの決定を不服として連邦経済エネルギー省に上訴できる制度が定められています。この制度の下で、これまで実際に労働やそれに関連した事由により上訴がなされた事例があります。この制度は確かに「素晴らしき新世界」を支持するものであるかもしれませんが、個人的には、ドイツの企業結合規制上特有の制度であるため、この制度が議論の最先端をいくことはないと考えています。

矢上欧州委員会は、企業結合審査においてESG問題をどの程度積極的に考慮しているのでしょうか?競争法上の問題を正当化するために、当事会社がESGの議論を主張できるような仕組みやガイダンスは設けられていますか?

ウェッカー氏欧州委員会は、ESGやSDGsの考慮に直接関係しないかもしれませんが、届出対象となった企業結合について、かかる結合によりイノベーションにどのような影響があるかに着目していると考えられます。同委員会のこのような姿勢は、既にいくつかの事案からも窺われ、企業結合にかかる市場シェアや競争制限的・阻害的な影響のみならず、各当事会社がどのようなパイプラインを保有するか、企業結合がこれらのパイプラインや結合後の研究開発活動にどのような影響を与えるかについて、深く検討がなされるようになっています。このような傾向は、今後さらに重要なトレンドになるかもしれません。

矢上欧州委員会や他の当局が当事会社に課す問題解消措置(レメディ)についてはいかがでしょうか?これらの当局が当事会社に対し、企業結合のためのレメディを提案する際に、持続可能なアプローチをとるよう要請した事例はありますか?

デンゼル氏競争当局が企業結合の当事会社に対し、レメディを提案する際に、持続可能性を促進する一定の措置を講じなければ企業結合を承認しない、と明確に述べた事例はないと思います。しかし、最近の事案では、イノベーションに対する懸念を払拭するようなレメディが求められるようになっており、企業結合を計画する企業は、どのようにすればイノベーションの強化が競争制限的とならないか、競争相手がよりイノベーティブな競争力をもつために何を譲渡すべきなのかについて、考慮が必要となっています。当事会社が競争上の懸念を払拭する適切なレメディを提案できなかったり、企業結合の真の目的がイノベーションの追求にあることを十分に示せなかったために、結合計画が撤回されることさえあります。

矢上ブラジル当局による企業結合審査の最近の動向についても教えてください。

スカンヂウジブラジルの経済擁護行政委員会(CADE)が審査した最近の事例には、環境に配慮した慣行に関連するものがいくつか見られますが、これらの審査はいずれも従来の判断枠組みに基づいて行われています。例えば、ドイツの自動車メーカーと自動車部品メーカーの合弁事業について、ドイツでは承認されたものの、ブラジルの裁判所が補足的な審査を求めたという例があります。ブラジルの裁判所は、当該合弁事業からより革新的な製品およびサービスが生まれると期待される一方で、両当事会社間でどのように情報交換が行われるのか、競争制限的な協調が生じないかについて、一定の懸念を示しました。将来的には、CADEの企業結合審査においても、イノベーションやその他の環境問題の重要性について、より明確なメッセージが発信されることになるかもしれません。

矢上日本について見ると、結合による効率性とイノベーションは、公正取引委員会の企業結合審査のプロセスの一部として考慮されますが、実際に審査においてESG関連の論点が明示的に議論された事例はまだないようです。公正取引委員会は最近、イノベーションをもたらす企業結合という観点から、パイプラインの検討も重視しているようであるため、この動向が今後どうなるか注視していきたいと思います。

Q4:持続可能な目標の達成に向けた競争法・競争政策の役割

スカンヂウジ欧州企業は、持続可能な目標の実現に向け、現在どのような取組を行っているのでしょうか?

デンゼル氏このトピックは企業にとって非常に真剣に受け止められており、また投資家にとっても重要なものとなっています。例えば、企業は持続可能性に関する開示を行い、一部従業員を関連する活動に専従させるなど、持続可能性の取組に力を入れ、相当な投資を行ってもいます。また、企業は自社がESGの目標に準拠していることを確認するため、また法的な義務を満たすために、サプライチェーンの見直しも行っています。SDGsは企業が事業を行う上での重要な柱の一つとなっていることは、もはや疑いようがありません。当然、企業はライバル企業の持続可能性の取組に関心がありますが、それは潜在的に反競争的な問題を生じさせるものでありそのような行為こそ避けなければなりません。

スカンヂウジ欧州において、SDGsや持続可能性のゴールの検討・実施の必要性を反映するため、法規制を改正しようとする動きはありますか。

デンゼル氏最も関連性のある進展は、欧州委員会の新しい水平協力協定ガイドラインだと思います。オーストリアのような加盟国では、行政レベルのガイドラインから一歩踏み込んで、より大きな変化のために立法レベルで法律さえも変更しようとする動きが見られます。これは、欧州委員会にとって、そして各加盟国の立法者にとっても、SDGsや持続可能性がいかに重要であるかの明らかな証左だということができます。

スカンヂウジSDGsのゴールを達成するために、競争政策はどのように適用されるべきと思いますか?

デンゼル氏それには、二つのアプローチがあると思います。ここでいうアプローチとは、冒頭でもお伝えした両極のことです。一つ目のアプローチは、持続可能性の実現というメリットが明らかである場合には、より寛容な対応をとるべきだということです。競争当局は、典型的な価格カルテルの例を除いて、このような事例を処理する際にはより寛容になるべきですし、実際にもそうなると思います。そして二つ目のアプローチは、一つ目のアプローチとは真逆ですが、企業がより高みを目指そうとするインセンティブを削ぐ行為に対しては、競争法のエンフォースメントをより厳格にすることです。これには、より高い目標を掲げる企業に対し、共通の基準を設けてそうさせないようにする行為も含まれます。競争当局はこのような行為を警戒するとともに、競争法をより厳格に適用しなければならないと思います。

矢上/スカンヂウジ本日は、欧州における「持続可能性と競争法」分野の最新動向及び考察につきお話しいただき、誠にありがとうございます。ご紹介いただいた見解はいずれも非常に興味深く、この分野の議論がさらに発展することに期待しています。

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