【第9回】農林中央金庫・今井氏と金融機関のサステナビリティへの取組について考える(農林中央金庫 常務執行役員(グローバルバンキング統括責任者、サステナビリティ共同責任者)・今井成人氏×パートナー弁護士・佐々木慶&アソシエイト弁護士・岡田奈穂)
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更新日
2024年10月15日

近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組をご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第9回では、農林中央金庫・常務執行役員の今井成人氏にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2023年4月24日オンラインにて実施。

【第9回】農林中央金庫・今井氏と金融機関のサステナビリティへの取組について考える
(農林中央金庫 常務執行役員(グローバルバンキング統括責任者、サステナビリティ共同責任者)・今井成人氏×パートナー弁護士・佐々木慶&アソシエイト弁護士・岡田奈穂)

目次

Q1:農林中央金庫の役割とサステナビリティ

佐々木本日は、貴重なお時間をありがとうございます。本題に入る前にまず、農林中央金庫様のご紹介をお願いします。

今井氏こちらこそ、ありがとうございます。農林中央金庫は、農林水産業を支える協同組織の金融機関であり、全国組織です。我々の役割の1つ目は、農業・漁業・林業にかかわる方々に金融サービスを提供することです。我々は、全国から預貯金をお預かりしており、世界トップクラスの資金量を有しております。我々の役割の2つ目は、機関投資家として、保有する資金を投資して、その収益を日本に還元することです。サステナブルな分野への投資は、今日、特に重要な課題になっています。

佐々木農林中央金庫様とサステナビリティの関係は、どのようなものでしょうか?

今井氏はい、本日のテーマであるサステナビリティに関連して申し上げますと、私たちの事業基盤である農林水産業は、食べ物を作り、くらしを支えている重要な産業ですが、気候変動等の影響を直接受けやすい産業です。他方で、農林水産業は、土地や空気、水を利用しますので、地球に大きな影響を与えるともいえます。つまり、農林中央金庫にとっては、サステナビリティは、他の企業と比べても特に重要な課題だということができます。

佐々木農林中央金庫法第1条には「農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的とする」とありますが、まさにこの目的を現実化すべく取り組んでいらっしゃるということですね。農林中央金庫様の存在意義自体にサステナビリティの実現という側面があるということだと思います。

Q2:農林中央金庫の立場から見たサステナビリティ

佐々木では、農林中央金庫様が考えるサステナビリティとは、どのようなものでしょうか?

今井氏そもそも、サステナビリティの扱う範囲はとても広いです。全国の農林漁業者のみなさんは、昔からサステナビリティを考えているという自負を持っています。例えば、田畑や里山をどのように維持するかなどを常に考えていて、非常に高い意識を持っています。
他方で、昨今、世間は多様な側面から物事を見るようになって、これまであまり日本人が考えてこなかったようなことが地球に影響を与えるようになっています。そのような観点で、我々は、資金の出し手として、様々な人たちがサステナビリティの課題に取り組む必要があると考えています。特定の部門の人たちや日本だけがサステナビリティの課題に取り組めば良いわけではないのです。

佐々木昨今のサステナビリティは「ブーム」のような様相を呈していますが、農林中央金庫様のお立場から、どのようにご覧になっていらっしゃいますでしょうか?

今井氏ブームの解釈は色々あると思いますが、現状は、悪い言い方をすると、サステナビリティがバブル気味だと思います。サステナビリティに関する国際会議やセミナーがたくさん開催されていますが、それらのすべてが中身のあるものかどうかは冷静に見ていきたいと思っています。やや便乗気味のものもあるでしょう。
もっとも、個人的には、いまのスピードをもってしても足りない、もっと急ぐべきではないかと思っています。ヨーロッパでは、ロシアとウクライナの問題が起きたことによって、サステナビリティに対する減速圧力が生まれましたが、その圧力をこなしながら、前に進んでいます。サステナビリティは、ブームというよりも、地球全体に必要なこととして発生しており、そうした取組を加速することが望ましいと思っています。

Q3:サステナビリティに関する日本と世界との差異

佐々木現在、ロンドンにいらっしゃるとのことですが、サステナビリティに対する日本と世界との差異をどのようにご覧になってますでしょうか?

今井氏なぜロンドンからサステナビリティの責任者をやっているかといいますと、日本から見える景色と海外から見える景色との違いを把握するためです。ブレグジットもあってイギリス自体は問題が山積していますが、ロンドンは、情報のハブになっていますから、世界全体を見渡すには利便性が良いだろうと考えました。日本だけでは見えないものを把握することによって、世界から遅れないように情報をアップデートし、農林中央金庫本体に還元しています。 日本の良い点は、日本人固有の気質です。自然環境を守りながら、きれいに丁寧に物事を進めるという点では、世界でトップクラスです。他方で、ヨーロッパは、気候変動に先行して取り組むことによってイニシアティブを取り、ひいては経済的利益を得ていこうとしているといわれます。一面では、これは事実だと思います。でも、お金や政治的な思惑のためだけに動いているわけではなく、ヨーロッパには、全国民レベルで、サステナビリティの課題を今の世代で解決して次の世代に渡すという意識が非常に高いです。ある種受動的に欧米へ追随していこうということが日本だとすると、欧州は自分たちで解決していこうという意識が高く、結果的に経済的利益も取りに行っていると言えると思います。

佐々木サステナビリティに対する日本と世界との捉え方の違い、スピード感や熱意の違いは、どこから来るのでしょうか?

今井氏宗教観や歴史の違いもあるとは思います。これまで、欧米は、世界史上の問題をたくさん生み出してきましたが、結果的にそれらの問題をアジャストしてきました。産業革命を起こして公害を発生させてはそれを解決し、原油を見つけて戦争を引き起こしてはそれを解決してきました。つまり、原因を作っては解決するという営みが、人々の記憶にしっかり刻み込まれているということなのだろうと思います。欧米が生み出したサステナビリティの課題についても、これまでと同様に、アジャストすることを考えているのではないでしょうか。
もちろん、日本がサステナビリティで世界をリードできるところもあると思います。日本の得意なテクノロジーの分野があるでしょう。日本人にしかできない、丁寧な取り組み方もあると思います。但し、ここ20~30年がそうであったように、後追いでは世界に遅れを取ってしまいますので、日本はもっと前に出ていくことが必要だと思います。

Q4:農林中央金庫の取組のポイント

佐々木農林中央金庫様の取り組みは多岐にわたると思いますが、特に力を入れているポイント、入れようとするポイントはどのようなところにありますでしょうか?

今井氏ありがとうございます。ポイントは、大きく3つあります。 まず、①農林中央金庫は、国内の農林水産業に根差した金融機関ですが、農業は温室効果ガスを排出する一方で、田畑や里山には温室効果ガスを回収する力もあり、環境問題に対してポジティブです。カーボンクレジットに貢献することもできます。そのような観点から、日本国内の農林水産業の強み・独自性を発揮していきたいと考えています。
次に、②農林中央金庫は、国際的に大きな投資家であり、資金の出し手となることのできる金融機関です。2030年までに新規サステナブルファイナンス10兆円の投融資を目標としており、規模を活用しながら、色々なところへ資金を出していきたいと考えています。
そして、③個別プロジェクトに対する投融資です。例えば、いま、注目を集めている洋上風力や、ディーゼルから低炭素トラムへの転換のように、国内外で環境・社会的にポジティブインパクトのある投資を行っていきたいと考えています。世の中に対してポジティブで、良いと思うものについては、新しい分野であっても、しっかりと取り組んでいきたいと考えております。

Q5:投資と経済性との両立、投資のメリハリ

佐々木なるほど。投資をビジネスとして考えますと、経済の円滑も目標の1つにしなければならないはずですし、投資家から資金を預かっている受託者としての責任との関係もおありかと思います。そのような観点から、サステナビリティへの取組と経済性とは両立するのでしょうか?両立するとして、どのあたりで両立といえるのでしょうか?

今井氏実は、サステナビリティへの取組の最終的な方向感については、迷ったことがありません。サステナビリティに取り組むことこそが、ビジネスの重要な機会だと考えているからです。確かに、個別の地域におけるサステナビリティへの取組のスピードは、難しい問題です。例えば、ドイツでなされたように、すぐさま原発廃止を実施すると、電力は明らかに足りなくなります。原発を廃止して再生可能エネルギー等へ移行するプロセスを考えなければなりません。暫定的なプロセスも視野に入れて上手くバランスを取り、トランジションの課題を現実的に考えることが重要です。
サステナビリティと経済性とが両立可能かということについても、迷ったことはありません。サステナビリティを考えながら投資判断する点においては、世の中がそれを求めているのであれば、投資すること自体が社会貢献になります。将来の世代が必要としていることに投資すれば、ダウンサイドリスクを避けることができ、Residual Value(残存価値)を高めることができます。そのような観点から、ストラクチャリングがいい加減なものには投資しておりません。

佐々木サステナビリティに注目が集まるにつれて、グリーンウォッシュへの対応が必要になったり、目標を達成できないプロジェクトが増えていったりすると思います。今後、投資のメリハリの付け方はどのようなものになっていくとお考えでしょうか?

今井氏これまでは、個別の投資対象について、クレジットリスクや投資リスク対比のリターンという判断軸が主流でしたが、今後は、人々の期待に応えられるか、環境・社会に良い影響を与えるか、というようなパラメータが重要になっていくと思います。サステナビリティを考えますと、長期投資が重要になるからです。

佐々木なるほど。サステナビリティについては多様な価値観があり得ますので、長期投資を判断する価値観が変わってしまうと、一度始めた投資をどのように続けるかが難しい問題になるように思います。長期投資のためのガイドラインはあるのでしょうか?

今井氏おっしゃるとおり、サステナビリティのように物差しとなる機軸が未確定で変化するというのは、最も難しいテーマだと思います。物差しが突然変更になると、投資家としては厳しいです。そういった点は官民ファンドの会合などでも意見発信しております。、他方、Eligible(適格)だったものがNon-Eligible(非適格)になったりすることを避けることは確かに重要なものの、物差しが決まってからやるというのでは、サステナビリティの課題解決に間に合わない。そこで、こういう基準が良いのではないかということを国内外で発信していくことが重要だろうと思います。そのためには、「どういう社会を作りたいのか」という価値観をしっかり固めることが大切です。その価値観にミートした投融資になっているか否かをDue Diligenceで精査すれば、投資のリスクを最小化できます。価値観にミートしていなければ、どうやって修正するのかを考えます。証券投資やファンドへの投資であれば、運用マネージャやボロワー(お金の借り手)に価値観をしっかり伝えて改善を促していく。それに尽きるのではないでしょうか。

岡田農林中央金庫様のベースにある価値観とは何でしょうか?

今井氏全職員をあげて、「我々は何をするのか」を考えています。農林中央金庫は、パーパスとして「いのち」を掲げています。食べ物を作ってきれいな水を維持し、人間社会が健康に生きていくことができる、それこそが中長期的な人間の幸福をもたらすと考えています。そのベースにあるのは、環境問題ですが、人権等社会問題も重要な課題です。若い世代が色々な意見を出してくれるので、それを取り込みながら、「いのち」というパーパスに向けて、議論を積み上げています。

岡田ヨーロッパでは、ベースになる価値観に関する議論がきちんとなされているのでしょうか?

今井氏はい、一般論として、ヨーロッパでは価値観に関する議論が多いと思います。サステナビリティに関する教育方針についても活発に議論がなされていますし、子どもたちもそういった議論に触れていると思います。Living Costが上昇していて、ものが安ければいいという人も少なくはありませんが、多少自分が負担をしてでも我慢するという考え方は、子どもたちでも持っていますから、実社会でサステナビリティについて話をするときに、前提から議論する必要まではないことが多いと思います。また、中長期的な課題への対応について、too much(過剰)である、という言い方をヨーロッパで耳にすることはありません。日本やアジアでは、どうしても「できない理由」を並べる傾向がありますが、あまりに現状に重きを置きすぎると話が進まないでしょう。サステナビリティについては、同調圧力を無視して、自分の信念に従ってやっていくことが必要ではないでしょうか。

Q6:契約ドラフティングの位置付けと重要性

今井氏やや細かな点ですが、契約のドラフティングやドキュメンテーションにおいても、事後的なこと・将来的なことを考えながらやっているはずです。ドキュメンテーションにおけるコメントの意味合いや位置付けは、事後に世の中が変われば、変わることが必ずあります。でも、長期的な価値観があれば、振れ幅は小さくなるはずです。

佐々木我々も、なるべく長期的な目線で物事を考えながら実務の方々と対話をさせていただき、コメントをすり合わせる、洗練させるという作業をするように心がけています。

今井氏はい、金融機関が気付かないことを、ドキュメンテーションのプロセスで弁護士のみなさんから提案していただいていると思っています。政府のプロジェクトや特定の大きなプロジェクト等では、「そこまで議論しなければならないのか」と思うくらい細かな議論になることがありますが、例えば、シンジケートローンのドキュメンテーションにおける関係者全員での議論は、関係者の理解度を上げ、欠けていたものをアップデートする貴重なきっかけになっています。そのような議論を通じて、事業者なり政府なりが何を考えているかが共有化され、みんなが「そうだね」と納得すれば、将来の物差し変更リスクを極力緩和できるだろうと思います。そのようにして、考え方についての理解が進んだことは、進歩したということではないでしょうか。社会を見渡すということも大事ですが、1つ1つの投資が社会に影響していることを忘れず、個別案件においてきちんと議論することが重要だと思います。

佐々木弁護士も様々なことを学んで、引き出しを増やすことが必要ですし、個別案件における依頼者のみなさまとのやり取りが重要だということですね。

Q7:他の金融機関との協業可能性等

佐々木ところで、農林中央金庫様としては、他の金融機関や投資家等、国内外のプレイヤーに対する指導的役割やより大きな取り組みも果たせるように感じていますが、どのようにお考えでしょうか?

今井氏はい、特に農林水産業関連では、先駆者としてやっていく責務がありますし、たとえば農林水産分野のカーボンクレジット市場を作る役割も果たすべきでしょう。洋上風力発電と漁業権についても、漁業関係者と直接対話ができる金融機関であるという意味では、我々に特徴があり責任も伴っていると考えています。これらについては、既に大きくチームアップして全国津々浦々で取り組んでいます。また、世界に向けて投融資をするにあたっては、全国から集まったお金をどこに投資するのかがポイントです。
多くのステークホルダーとお会いすることがあり、特に最近は、パブリックな場でお話しする発信の機会も増えました。海外でも投資することが増えましたので、国際的には、我々に期待する声も聞こえてきます。良い意味で影響力を発揮できるようになりたいと考えています。

佐々木我々も、農林中央金庫様の存在感は大きいと感じております。本日はありがとうございました。

農林中央金庫 常務執行役員(グローバルバンキング統括責任者、サステナビリティ共同責任者)
今井 成人 氏

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