

新型コロナウイルス感染症は全世界で拡大を続けており、これに伴い、国内外で未曾有の影響が生じています。
新型コロナウイルス感染症をめぐる法的問題は多岐にわたりますが、当事務所では、依頼者の皆様に新型コロナウイルス感染症対策の一助としてご活用いただくべく、各種の法的論点につきQ&A形式で解説を掲載してまいります。
なお、Q&Aは今後も随時追加・更新予定です。

当事務所では、最新の情報を収集し、依頼者に迅速かつ多角的なアドバイスを提供しております。とりわけ、直近では欧米、アジア諸国をはじめとする海外の動向も注視する必要があるところ、当事務所の各国オフィス及び外部の海外法律事務所との緊密な連携により、地域横断的な法的検討も対応しております。
A. 通期の決算内容及び四半期決算内容については、今般の新型コロナウイルス感染症の影響により決算手続き等に遅延が生じ、速やかに決算内容等を確定することが困難となった場合には、「事業年度の末日から45日以内」などの時期にとらわれず、確定次第開示することで差し支えありません。*東京証券取引所等|2020年2月10日付「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱い」
同通知を踏まえ、新型コロナウイルス感染症の影響により、大幅に決算内容等の確定時期が遅れることが見込まれる旨(及び確定時期の見込みがある場合には、その時期)の適時開示を行ったうえで、決算が確定し次第決算発表を行うことが考えられます。
また、有価証券報告書や四半期報告書等の金融商品取引法に基づく開示書類については、金融庁より、2020年4月7日に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されたことに伴い、多くの企業において、決算業務や監査業務を例年どおりに進めることが困難になることが想定されることを踏まえ、企業や監査法人が、決算業務や監査業務のために十分な時間を確保できるよう、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等を改正し、会社側が個別の申請を行わなくとも、一律に2020年9月末までその提出期限を延長することとされています。
*金融庁|2020年4月14日付「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を踏まえた有価証券報告書等の提出期限の延長について
かかる改正の具体的なタイミングは公表されていませんが、これにより、2020年9月末まで有価証券報告書等の開示書類の準備のための猶予期間が設けられることとなります。
また、仮に上記の改正前に有価証券報告書等の開示書類の提出期限が到来する場合でも、新型コロナウイルス感染症の影響に伴って監査業務が継続できないことは、有価証券報告書等の提出期限の延長の要件である「やむをえない事由」に該当するとの見解が示されています。
*金融庁|2020年2月10日付「新型コロナウイルス感染症に関連する有価証券報告書等の提出期限について」
この要件に該当することを根拠に提出期限の延長を求める場合、財務(支)局長の承認が必要ですので、提出期限延長承認申請について所管の財務(支)局にご相談ください。
A. まず、業績予想の修正に関しては、東京証券取引所等より「今般の新型コロナウイルス感染症が事業活動及び経営成績に与える影響により、決算内容の開示に際して業績予想の合理的な見積もりが困難となった場合や、開示済みの業績予想の前提条件に大きな変動が生じた場合などにあっては、その旨を明らかにして、業績予想を「未定」とする内容の開示を行い、その後に合理的な見積もりが可能となった時点で、適切にアップデートを行うことなどが考えられる」との見解が示されており、貴社においてもこれに従ってまずは「未定」とする開示を行うことが考えられます。
なお、東京証券取引所等からは、業績予想について、前提条件や修正時の理由等に関する記載の充実が要請されていることにも留意が必要です。
次に、決算短信については、リスク情報の積極的な開示が要請されており、有価証券報告書等の提出に先立ち、決算短信・四半期決算短信の添付資料等においても新型コロナウイルス感染症に関するリスク情報を記載するなどの早期の開示をお願いする旨の通知がなされています。
詳細は、以下の東京証券取引所の通知をご参照ください。(他の証券取引所も同様の通知を行っています。)
A. 東京証券取引所その他の証券取引所においては、新型コロナウイルス感染症の影響により債務超過となった場合を想定し、上場廃止基準における改善期間を1年から2年に延長すること(2020年3月期から適用)を想定して、速やかに制度改正手続に着手するとしています。
かかる改正が実現すれば、2期連続での債務超過によりただちに上場廃止となることは避けられるものと考えられます。
貴社においては、今年度の債務超過が新型コロナウイルス感染症の影響によるものであることを東京証券取引所等に対して速やかに説明できるよう、ご準備いただくのがよいかと存じます。
Q1.~Q3.担当 安藤紘人弁護士、岡知敬弁護士
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A. 新型コロナウイルス感染症の拡大が継続する可能性も視野に入れて、BCPや人事マネジメントの観点から、配慮すべき事項について記します。
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(1)従業員等の安否確認体制の整備「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(「新型インフル特措法」)の改正法が令和2年3月13日に成立し、同月14日に施行されました。この改正は、新型コロナウイルス感染症を同法にいう新型インフルエンザ等とみなすものです。
新型インフル特措法32条では、新型インフルエンザ等が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある事態が発生したと認めるときは、緊急事態宣言ができることになっており、企業としても、そのような事態になった場合には、実施区域を含めた宣言の内容を確認の上で、適切な対応をとる必要があります。
したがって、新型インフル特措法に基づく緊急事態宣言が発せられた場合を含めて、緊急時に迅速な安否確認をする体制の整備は必要不可欠です。連絡体制・連絡網の確立や、安否確認システムの導入は最低限進めるべきだと考えられます。
なお、業務によりますが、従業員だけでなく、関連会社、派遣社員、協力会社など、業務に携わる会社や業務従事者との連絡体制・連絡網の確立や安否確認の体制整備も検討課題です。 -
(2)定期異動、組織変更の停止新型コロナウイルス感染症の拡大が継続する場合等の緊急時においては、重要業務(中核事業)の継続を可能とする体制整備が求められます。
そして、重要業務の維持のために必要な資源を投入することとなりますので、従業員の緊急時の体制を発足させて有効に機能させるためにも、例えば定期の人事異動や感染拡大前に予定していた組織変更などは最小限にし、これに伴う混乱や業務停滞が生じないようにするなどの配慮も考えられるところです。
重要業務の維持のための最適化された人員体制が求められますので、例えば、重要業務の維持が急務であり、当該業務に人材が不足しているなどの事情があれば、当該重要業務からの異動は停止しつつ継続して重要業務に当たらせるとともに、当該重要業務への応援人材を早期に投入するなどの判断が必要となります。
また、逆に、ある重要業務への異動が、その他の重要業務の維持の足かせになるような事情があれば、当該異動を停止することも考えられます。 -
(3)勤務時間や勤務形態の変更等Q5をご参照ください。
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(4)採用活動の延期新型コロナウイルス感染症の拡大が継続する状況ですので、採用説明会の延期、エントリーシートの締切延長等の措置を講ずることが考えられます。
また、重要業務の維持のために必要な資源を投入するという観点からも、採用活動を延期して、まずは重要業務の維持に注力するということも考えられます。 -
(5)情報共有緊急事態においては、従業員は当然のこと、取引先、消費者、株主、市民、自治体などと情報を共有することが重要です。
また、特に状況に応じて、従業員の生命身体の安全に係る情報は迅速に共有するとともに、トップの意思決定は明確に行い、迅速に決定を伝達する体制を整備する必要があります。
A. 企業内で新型コロナウイルスによる感染者が出た場合や、企業が入るビル内で感染者が出た場合、さらには新型インフル特措法に基づく緊急事態宣言がなされた場合などにおいて、感染症の拡大防止を図る観点から、安全配慮義務の一環として、帰宅命令や自宅待機命令を発しなければならない場合もあると考えられます。
安全配慮義務(労働契約法5条)は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務です。
判例でも、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(最判昭和59・4・10判時1116号33頁)があると述べられているところです。
したがって、企業としては、緊急時には、必要な情報を収集して、適時適切な判断の下、速やかに従業員を自宅に帰宅させ、あるいは出勤させずに自宅待機を命じることが相当だとの判断に至れば、速やかに帰宅命令や自宅待機命令を発することになります。
帰宅命令や自宅待機命令を発した場合の賃金等の支払い義務に関しては、状況に応じ、下記Q3記載のとおりに判断されることになります。
A. 休業を実施する場合の賃金支払義務は、休業の原因により、以下のように分かれます。
休業の原因 | 民法上の 支払義務 (民法536条) |
休業手当 支払義務 (労働基準法26条) |
---|---|---|
不可抗力に基づく場合 | × (なし) 民法536条 1項 |
× (なし) |
経営管理上の障害に基づく場合 | × (なし) ただし、事業者の故意・過失または信義則上 これと同視すべき事由がないことが前提 民法536条 1項 ※ |
〇 (あり) |
事業者の故意過失に基づく場合 | 〇 (あり) 民法536条 2項 |
〇 (あり) |
- <休業が不可抗力に基づく場合> 休業が不可抗力に基づく場合、企業には従業員に対する賃金支払義務はなく(民法536条1項)、休業手当の支払義務(労働基準法26条)もありません。
なお、厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年4月17日時点版)によれば、不可抗力とは、- ①その原因が事業の外部から発生した事故であること
- ②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること
上記Q&Aによれば、①に該当するものとしては、例えば、今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や要請などのように、事業の外部において発生した、事業運営を困難にする要因が挙げられるとされています。
また、②に関しては、個別具体的な事情を考慮して、使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしていると言える必要があるとされています。例えば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。
また、前記Q&Aによれば、「例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがあります。」とされています。
したがって、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や、要請や指示を受けて事業を休止し、労働者を休業させる場合であっても、一律に労働基準法に基づく休業手当の支払義務がなくなるものではないことに注意が必要です。 - <休業が経営、管理上の障害に基づく場合> 休業が、使用者側の領域において生じたといえる事由(経営、管理上の障害)に基づく場合、企業に故意・過失または信義則上これと同視すべき事由がない場合は100%の賃金支払義務があるとはいえませんが(民法536条1項)、少なくとも平均賃金の60%の休業手当(労働基準法26条)を支払う必要があります。親会社の経営難のための資金・資材の入手困難等が、使用者側の領域において生じた事由に該当するといわれています。
- <休業が事業者の故意・過失に基づく場合> 休業が事業者の故意・過失又はこれと信義則上同視すべき事由に基づく場合、就業規則に特段の規定がない限り、会社は原則として従業員に対する100%の賃金支払義務を負います(民法536条2項)。
なお、この民法536条2項の危険負担の規定は、任意規定であり、特約によりその適用を排除することができます。 ただし、就業規則により、民法536条2項の適用を排除する場合であっても、労働基準法26条の規定は強行法規ですので、平均賃金の60%相当の休業手当の支払は必要です。 これらを踏まえて、就業規則において、「会社都合による休業の場合は、平均賃金の60%のみを支払う」旨の規定を定めておけば、原則として企業は平均賃金の60%相当額の賃金支払義務しか負わないことになります(民法536条2項の適用排除。ただし、横浜地判平成12.12.14労働判例802号27頁(池貝事件)では、事後的な就業規則の変更に関して、労働条件の不利益変更についての合理性が否定され、民法536条2項により100%の賃金の支払いが命じられています。)。
A. 事業者による休業等が実施されていない場合であっても、新型コロナウイルス感染症の影響により、学校(学童保育)を含めた子供の預け先がなくなり、子供の世話を見るために従業員が出勤できない場合も想定されます。このような欠勤は、労務の提供が労働者の意思によってなされなかった場合であるため、当該欠勤日にかかる賃金支払義務はありませんし(民法536条1項)、休業手当の支払義務(労働基準法26条)もありません。いわゆるノーワーク・ノーペイの原則が妥当する場面です。
なお、臨時休業した小学校や特別支援学校、幼稚園、保育所、認定こども園などに通う子供を世話するために、令和2年2月27日から3月31日の間だけでなく、令和2年4月1日から6月30日の間に従業員(正規・非正規を問わず)に有給の休暇(法定の年次有給休暇を除く)を取得させた会社に対し、休暇中に支払った賃金100%相当額(1日8,330円が上限)を助成する制度があります。
*厚生労働省|新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金
また、上記のような理由での欠勤があったとしても、従業員の責めに帰すべき事由による労働義務の不履行ではありませんので、これを理由とした懲戒その他の不利益処分はできません。
A. 新型コロナウイルス感染症への感染を防ぐため、勤務時間や勤務形態の柔軟化を実施する企業が増えています。どのような施策が考えられるのかを以下に述べます。
-
(1)時差通勤労働者及び使用者は、始業、終業時刻の繰り下げ繰り上げを定める就業規則に基づき、または、個別合意により、始業、終業の時刻を変更することができます。通勤による混雑具合に応じて、時差通勤の内容について、労使で十分な協議や試行をするなどして時差通勤を導入することが考えられます。
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(2)テレワーク新型コロナウイルス感染症の拡大が継続する状況ですので、テレワーク体制の構築も重要課題です。厚生労働省の「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」によれば、テレワークとは、「労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務」をいい、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイル勤務などがあります。情報ネットワークの活用が前提ですので、その基盤が構築されていることが肝要です。また、短期間のテレワークであれば、業務命令により対応可能ですが、中長期にわたる場合も考慮して、あらかじめ、テレワークへの移行が円滑に行われるよう時間管理を含めたルールを早急に整備するとともに(厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)参照)、緊急時に備えた試験施行をして問題点を整理した上で解決しておくべきです(厚生労働省「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」、厚生労働省「テレワーク導入ための労務管理等Q&A集」参照)。
また、今般の新型コロナウイルス感染症対策として、新たにテレワークを導入した中小企業事業主を支援するため、時間外労働等改善助成金(テレワークコース)も設けられています。 -
(3)フレックスタイム始業、終業の時刻を労働者の決定に委ねる制度として、フレックスタイム制があります。フレックスタイム制は、清算期間やその期間における総労働時間等を労使協定において定め、清算期間を平均し、1週当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、労働者が始業及び終業の時刻を決定し、生活と仕事との調和を図りながら効率的に働くことのできる制度です。例えば、1日の労働時間帯を、必ず勤務すべき時間帯(コアタイム)と、その時間帯の中であればいつ出社または退社してもよい時間帯(フレキシブルタイム)とに分けることもできますし、全部をフレキシブルタイムとすることもできます。さらに、テレワークと組み合わせて、オフィス勤務の日は労働時間を長く、一方で在宅勤務の日の労働時間を短くして家庭生活に充てる時間を増やす、といった運用が可能です。
なお、フレックスタイム制の導入に当たっては、労働基準法32条の3に基づき、就業規則その他これに準ずるものにより、始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねる旨定めるとともに、労使協定において、対象労働者の範囲、清算期間、清算期間における総労働時間、標準となる1日の労働時間等を定めることが必要です。
A. 新型コロナウイルス感染症拡大による事業への影響を勘案して、企業が、その経営判断において、事業所を統廃合(既存事業の選択と最適化)することは考えられるところです。これら事業所の統廃合における問題点を検討します。
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(1)従業員に対する配転命令事業所の廃止をするのであれば、当該事業所に勤務していた従業員は、他の然るべき事業所に配転させることになります。
一般的には、就業規則等に配転命令の根拠規定がありますから、当該規定に基づき配転を命ずることができますが、- ①業務上の必要性の有無
- ②不当な動機・目的の有無
- ③労働者が通常甘受すべき程度を著しく越える不利益の有無
-
(2)配転命令に従わない従業員の対応配転命令に従わない従業員に対しては、最終的には解雇を検討せざるを得ません。この場合の解雇は、配転命令違反を理由とする懲戒解雇や、整理解雇が考えられます。このうち、懲戒解雇は配転命令の有効性を前提として、懲戒解雇処分の相当性が必要です。
また、整理解雇も従業員の帰責事由に基づくものではないため、その有効性は、- ①事業所廃止の経営判断の合理性(=余剰人員削減の必要性)
- ②解雇回避努力
- ③人選の合理性
- ④手続の相当性
-
(3)勤務地限定の従業員の対応他方、配転には労働契約による制限もあり、勤務地限定の従業員には勤務地の変更を命じることはできません。この場合には、まずは十分に業務上の必要性を説明し、本人の希望等を聴取した上で、勤務地の変更を打診することになります。その結果、勤務地の変更に同意すれば問題はありませんが、あくまで同意せず、事業所も廃止される事態となれば、使用者としては、最終的には上記(2)と同じく解雇を検討せざるを得ません。
A. 新型コロナウイルス感染症の影響により、業績の大幅な落ち込みが当面続くと想定される状況では、企業があらゆる努力を尽くしてもなお、資金繰りその他の面で厳しい状況に至ることが考えられ、その場合の一方策として、賃金カットをすることも考えられるところです。しかし、休業や欠勤等を理由としない賃金カットは、使用者が一方的に自由になし得るものではなく、従業員の真摯な合意がある場合(労働契約法8条)か、合意がない場合は就業規則(賃金規定)の合理的な変更手続(労働契約法10条)によることが必要です。
A. 厚生労働省によれば、新型コロナウイルス感染症の拡大による今春就職予定の学生らへの採用内定取消しが4月1日時点で23社58人とのことです。
この点、いわゆる採用内定の段階に至れば、始期付き解約権留保付きの労働契約が成立することになります。厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年4月17日時点版)でも、新卒の採用内定者について労働契約が成立したと認められる場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない採用内定の取消しは無効となると解説しています。特に新型コロナウイルス感染症の拡大による著しい経営の悪化を理由とする場合は、採用予定者の帰責事由に基づくものではありませんから、採用内定取消しの適法性については、厳格に判断されると解され、慎重な対応が求められます。
なお、企業が、新規学校卒業者の採用内定取消しや、入職時期の繰下げを行おうとする場合は、所定の様式により、事前に、ハローワーク及び学校に通知することが必要となります(職業安定法54条、職業安定法施行規則35条2項2号3号、新規学校卒業者の採用に関する指針)。
A. まずは、雇用確保のために、最大限の経営努力を行い、かつ各種助成措置を積極的に活用することになりますが、著しい経営の悪化等による期間雇用者の雇い止めや期間途中の整理解雇を検討せざるを得ない場合も考えられます。
この点、本来、期間を定めた労働契約を締結している契約社員、パート、アルバイトなどの期間雇用に関しては、期間満了で雇い止めができるのが原則です。
しかし、①当該有期労働契約が過去に反復して更新され、期間の定めのない労働契約と社会通念上同視できると認められる場合や、②当該労働者において当該有期労働契約が更新されるものと期待する合理的な理由があると認められる場合には、単に期間満了だから雇い止めができるというわけではなく、解雇権濫用法理と同様の厳しい基準で雇い止めの有効性が判断されることになります(労働契約法19条、最判昭和49・7・22判時752号27頁、最判61・12・4、判時1221号134頁)。
なお、期間満了に伴う雇い止めではなく、期間「途中」での解雇は、「やむを得ない事由」がなければできないこととされています(労働契約法17条1項)。ここで「やむを得ない事由」とは、期間満了まで雇用を継続することが不当・不公平と認められるほどに重大な事由を生じたことをいい、期間の定めのない労働契約における解雇権濫用法理(労働契約法16条)の解雇要件より厳格に解されており、慎重な対応が求められます。
A. まずは、雇用確保のために、最大限の経営努力を行い、かつ各種助成措置を積極的に活用することになりますが、著しい経営の悪化等による従業員の解雇を検討せざるを得ない場合も考えられます。このような整理解雇は、従業員の帰責事由に基づくものではないため、その有効性は、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の相当性という以下の4つの要素を総合考慮して判断されることになります(労働契約法16条参照)。
①人員削減の必要性 | 企業の合理的運営上やむを得ない必要があること(当該人数の削減の必要性が認められること)。 |
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②解雇回避努力 | 企業の置かれた個別具体的状況の中で、解雇を回避するための真摯かつ合理的な経営上の努力を尽くすこと。 |
③人選の合理性 | 整理解雇の対象者を恣意的でない客観的・合理的基準で選定すること。 |
④手続の相当性 | 整理解雇をするにあたり、会社の状況(人員削減の必要性)、経緯(解雇回避努力)、人選基準等について従業員・労働組合に十分な説明をし、協議すること。 |
Q1.~Q10.担当 松村卓治弁護士、沢崎敦一弁護士
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A.従業員の感染が確認された場合、安全配慮義務(労働契約法5条)の観点からは、所轄保健所と連携の上、感染者及び濃厚接触者の特定、在宅勤務指示と健康観察、就業エリア・共用部の消毒、社内における状況の告知、さらには一定期間の事業所の閉鎖などの措置をとる必要があります。
なお、従業員の休業や勤務時間・勤務形態等の変更に伴う問題について、詳細は「人事・労務Q&A」のQ2~Q5をご参照ください。
さらに、企業としては、対外的に感染を公表するかどうかが問題となります。対外公表については、法令上義務づけられているものではありませんが、2020年2月以降の各社の対応状況を見ると、対外的な公表事例が増えてきているのが現状です。
具体的には、感染確認後速やかに、
- ①感染確認日
- ②感染者が確認されたビルの名称・所在地
- ③感染者の属性(正社員か派遣社員か、グループ会社社員か等)
- ④感染経緯(イベント参加等)
- ⑤感染者数
- ⑥顧客と接する業務に従事していたか否か
- ⑦感染後の感染者の状況
- ⑧感染確認後の企業の対応状況
感染者のプライバシー・個人情報や企業に対する風評被害に配慮しつつも、社内外における感染拡大防止に向けた適時・適切な情報発信を行うことが、結局は企業としての信頼の維持につながると考えられます。
A.かつての重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行(2002年~2003年)や、東日本大震災(2011年)等を受けて、事業継続計画(Business Continuity Plan=企業が自然災害やテロあるいは重大感染症等の緊急事態に直面した際に中核事業の継続・早期復旧を可能にするための手順、以下「BCP」といいます。)を策定している企業が多く見られます。
今回のケースにおけるBCP発動の前提として、新型コロナウイルス感染症を含む感染症リスクの特性を把握する必要がありますが、感染症の場合、地震や火災といった自然災害と異なり、企業の施設や通信手段・各種インフラといった物的資源が直接ダメージを被ることはない一方で、人的資源(従業員・取引先・顧客)に損失が発生する点が大きな特徴となります。
具体的には、①感染被害及び感染拡大防止措置に伴って従業員の労働力が奪われ、また、②国内外での感染の拡大に伴い、サプライチェーンの断絶による事業活動に影響するといった事態も発生しています。
さらには、③旅館業や飲食店などの接客業では、仮に従業員や顧客に感染がなくとも顧客離れによる経営難に直面している例もあります。
- ①の問題については、万が一自社での感染が確認された場合、BCPに沿って対策本部を設置し、Q1で説明した感染拡大防止のための初動対応をとることがまずは重要となります。
加えて、感染の有無にかかわらず、人的資源の継続活用を可能とするテレワークや、テレワークを可能とするITシステムの構築・活用を実施し、その旨ホームページ上で公表している企業も多く、テレワークの活用によって、現時点(2020年4月13日時点)では日本国内の中核事業に特段大きな影響が生じていないという企業も散見されるところです。
(人事マネジメントの観点からのBCPについては、「人事・労務Q&A」のQ1もあわせてご参照ください。)
- ②については、欧米を中心とする新型コロナウイルス感染症の感染拡大や、これに伴う各国政府レベルでの非常事態宣言に伴い、海外における工場の閉鎖や一時操業停止が報じられているところであり、例えばグローバル展開を行う日本の製造メーカーであれば、中核事業を守るべく、BCPに沿って、サプライチェーンの上流から下流まで滞りなく材料・部品の供給がなされることを確保し、また、事業のボトルネックとなるサプライチェーンの代替先の検討を行う必要があります。
また、日本国内の感染状況も先行き不透明であるため、国内のサプライチェーンについても、万が一の操業停止などに備えた対応が必要です。
- ③について、顧客離れが深刻で経営難に陥るおそれがある場合は、BCPにしたがい、今後の財務予測を立て、財務対策として当面の運転資金を確保し(政府系金融機関等による緊急融資制度や信用保証制度の活用も検討)、仕入先や給与の支払いに努めるとともに、経営の立て直し策の検討(商工会議所や商工会などの特別相談窓口の利用も検討)を行う必要があります。
(上記②のサプライチェーン毀損対応や、③の企業に対する資金繰りや経営環境の整備支援については、経済産業省作成のパンフレット「新型コロナウイルス感染症で影響を受ける事業者の皆様へ」が参考になります。
その他、同省による各支援策につきましては、同省HP「新型コロナウイルス感染症関連」をご確認ください。
日本では2020年4月7日に7都府県(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府、兵庫県、福岡県)を対象に改正新型インフルエンザ対策特別措置法上の緊急事態宣言が発令されました(実施期間は同年5月6日まで)。緊急事態宣言に伴う外出自粛要請や施設使用制限要請等は強制力を伴うものではないものの、先行きが不透明な状況が続いていますので、①に加え 、上記②・③その他中核事業が毀損する事態があり得ることを想定した上で、自社のBCPの診断、維持・更新を行うことが引き続き必要と思われます。
(上記①については、従業員の罹患だけでなく、代表者やマネジメントが罹患した場合の指揮命令系統の立て直しについても予め検討しておくことが考えられます。)
Q1.,Q2.担当 西谷敦弁護士
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A.金融機関に対して、元金の弁済期の猶予(リスケジュール)を求める申入れを行い、合意が得られるよう協議することが適切です。元金のリスケジュールの合意を得るためには、通例、利息の支払は継続する必要があります。
今般の新型コロナウイルス感染症の影響拡大を受けて、金融庁は、本年3月6日、官民の金融機関に対して、「既往債務について、事業者の状況を丁寧にフォローアップしつつ、元本・金利を含めた返済猶予等の条件変更について、迅速かつ柔軟に対応すること。また、この取組状況を報告すること」を求めており(*参照|財務省)、各金融機関においては、これを踏まえた対応をすることが期待されています。
また、安倍晋三内閣総理大臣は、本年3月28日に行われた記者会見において、「この後、政府対策本部を開催し、緊急経済対策の策定を指示いたします。リーマン・ショック以来の異例のことではありますが、来年度予算の補正予算を編成し、できるだけ早期に国会に提出いたします。国税・地方税の減免、金融措置も含め、あらゆる政策を総動員して、かつてない強大な政策パッケージを練り上げ、実行に移す考えです。」、「中小・小規模事業者の皆さんには、既に実質無利子・無担保、最大5年間元本返済据置きという大胆な資金繰り支援策を講じてきたところですが、この無利子融資を民間金融機関でも受けられるようにいたします。」との指針を示しました(*参照|首相官邸)。これらの施策により、事業者の資金繰りの早期の改善が図られることが望まれます。
一般に、金融機関との間での交渉にあたっては、次のポイントに留意する必要があります。
A.資金繰りが苦しく、納期限までの公租公課の支払が厳しい場合には、税務署等と相談し、分割納付などの申入れを行い、了解を求めることが考えられます。
また、国税や厚生年金保険料等については、納付の猶予制度(*参照|国税庁)が設けられており、税務署や年金事務所(*参照|日本年金機構)と相談することが考えられます(この制度の条件を満たしていない場合にも、上述の分割納付などの申入れを行うことは別途考えられます。)。
前述したとおり、今般の新型コロナウイルス感染症の影響拡大を受けて、国は、公租公課の取扱いを含めて、かつてない規模での施策を講ずることを公表していますので、その内容や動向を引き続き注視し、できるかぎり資金繰りの改善に役立てることが望まれます。
A.金融機関との話合いによる解決が、資金繰り上の時間的な制約・逼迫や、金融機関の不同意等により困難である場合には、裁判所における法的整理を視野に入れた検討が必要です。
裁判所における再建型の法的整理の代表例としては、「民事再生手続」があります。民事再生手続は、どのような法人でも利用することができます。すなわち、株式会社、有限会社、合同会社などの会社に限られず、医療法人、学校法人、一般社団法人など、あらゆる法人が利用することができます。
今般の新型コロナウイルス感染症の影響拡大に伴って、さまざまな業種の事業者において、苦境・窮境に陥ることが懸念されていますが、民事再生手続は、どのような業種においても利用することができます。
民事再生手続のポイントは、次の通りです。
民事再生手続は、前述のとおり、
- ①すべての法人が利用することができ
- ②原則として現在の経営陣が手続を遂行することができ
- ③原則として担保付債権者が担保権を実行すること
これに対して、会社更生手続は、
- ①株式会社と有限会社のみが利用することができ
- ②裁判所により管財人が必ず選任され
(違法な経営責任の問題がなく主要債権者も了解しているなどの場合には経営陣から管財人が選任される場合もあります) - ③担保付債権者による担保権の実行は厳しく制約されています。
Q1.~Q3.担当 粟田口太郎弁護士
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A.GDPRでは本来、職場の従業員の個人データは手厚く保護されており、特定の従業員の個人データ、しかもセンシティブな罹患した病気に関する個人データを、雇用者側が他の従業員に伝えることは厳しく制約されるところです。しかし、新型コロナウイルス感染症に関しては、感染者が発生した事実すら伝えないでおけば、他の従業員の健康にも重大な影響が生じかねないことから、感染者の氏名は秘匿した上で、必要最小限の情報を、他の従業員に伝えることは、GDPRにおいても許容されると考えられています。
A.GDPRでは、個人データの取得は最小限にするべきという大原則があります。この原則は、新型コロナウイルス感染症の場面においても、変わらず適用されます。また、従業員は、雇用者側との関係で弱者として位置づけられていることから、その情報の取扱には慎重さが求められています。このため、従業員から新型コロナウイルス感染症に関連して、健康状態について質問し、情報を収集することは避けるべきとする加盟国も見られます。情報収集を許容している加盟国でも、情報収集を最小限に抑制することが求められます。英国のデータ保護当局であるICOでは、特定の国や地域を直近で訪問していないか、新型コロナウイルス感染症の感染の徴候がないか、についての情報収集は、最小限の枠内であると整理しています。
A.リモートワークにおいては、従業員が自宅のWi-Fiネットワークから、私物の端末(PCやタブレット、スマートフォン)を用いて業務する場面が想定されます。このような場面に関して、データ保護当局からは、私物の端末及び自宅のWi-Fiネットワークの利用自体を禁じるわけではないものの、会社のネットワークから会社支給の端末を用いて業務する場合と同種のセキュリティを備えるよう求められています。リモートワークの開始に際しては、慎重な検討が必要です。
A.新型コロナウイルス感染症のリスクへの当局の対応については、必要不可欠な情報のみの収集にとどめるべきである、という姿勢は各国で一致しているのですが、たとえば、従業員に質問し、健康情報を収集することについても、本来は統一されていてしかるべき所ですが、現実には、EU加盟各国間でも、ばらつきが生じてしまっています。日々情勢が変わっておりますので、当局対応に関しては、当局のウェブサイトにて最新情報を別途ご確認ください。
A.EDPBの公表文書のポイントは
- ①データ処理の合法性の根拠
- ②データ処理の原則の維持
- ③モバイル端末位置データの活用
- ④従業員データの保護
①については、雇用者が、職場の健康維持および安全管理義務を果たすために必要な個人データの処理は、データ主体の同意なしに遂行できる、とされています。
②データ処理原則については、データの利用目的及び保存期間を含め透明性の維持を求めています。セキュリティに関しては、事態の緊急性に鑑みた適切な措置の履行を求めるとともに、なぜそれらの措置を採用するに至ったのか決定のプロセスを文書に残しておくことを求めています。
③は、各国の保健当局が、モバイル端末の位置情報を活用して、特定地域に所在するモバイル端末ユーザに、新型コロナウイルス感染症のリスク情報を送信する際の、情報処理のあり方について述べています。
④では、従業員及び来訪者からの健康情報の収集に関して、データ処理原則の中でも、とりわけ比例原則及び最小限原則の重要性を指摘しています。また、感染者が職場で発生した場合でも、他の従業員に当該従業員の氏名の開示は許容されないことも述べられています。
A.個人が新型コロナウイルス感染症に感染した事実や検査結果、健康状態等(以下「感染事実等」といいます。)の情報は、個人情報のうち、特に慎重な取り扱いが必要となる「要配慮個人情報」に該当します(個人情報保護法第2条3項、個人情報保護法施行令第2条2号3号、個人情報委員会Q&A1-25)。したがって、原則として、あらかじめ本人の同意を得て取得することが必要です(個人情報保護法第17条2項)。
本人から感染事実等の情報を直接取得できる場合は、本人が当該情報を雇用主に直接提供したことをもって、取得について、本人の同意があったものと考えられます(個人情報保護委員会ガイドライン(通則編)3-2-2※2)。
本人から新型コロナウイルス感染症の感染の事実や検査結果等の情報を直接取得できない場合であっても、例外的に
- ①人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第17条2項2号)
- ②公衆衛生の向上のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第17条2項3号)
例えば、本人が入院し、本人から同意をとることが困難である場合に、家族から聴取することが考えられます。
なお、労働者の健康情報の取扱いについての「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(以下「留意事項」といいます(平成29年5月29日個情第749号・基発0529第3号))は、感染性の低い感染症の情報は原則として労働者等から取得すべきでないとしています(留意事項・第3の8(3))。しかし、新型コロナウイルス感染症は感染性が極めて高いことは明らかですのでこの点からの取得は制限されないものと考えられます。
A.従業員の家族の感染事実等の情報は、従業員の家族の「要配慮個人情報」に該当します。したがって、原則としてあらかじめ従業員の家族本人の同意を取得することが必要です。
ただ、実際には、従業員が従業員の家族の感染事実等の情報を雇用主に提供するという取得の仕方になることが予想されますが、このような場合には、提供元である従業員が従業員の家族から同意を得る等適法に取得したことが前提となるため、雇用主が取得に先立ち、従業員の家族本人から同意を得る必要はありません(個人情報保護委員会ガイドライン(通則編)3-2-2※2)。
A.個人情報保護法は、原則として、あらかじめ本人の同意を得ないで、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならないとしています(個人情報保護法第16条1項)。例外として、
- ①法令に基づく場合(個人情報保護法第16条3項1号)
- ②人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第16条3項2号)
- ③公衆衛生の向上等のために特に必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第16条3項3号)
まず、各職場の就業規則や個人情報取扱規程で公表されている利用目的の達成に必要であるかを検討することになりますが、「事業活動のため」等の利用目的が記載されていた場合には、新型コロナウイルス感染症の感染を防止し従業員の健康を維持することは目的の達成に必要と考えられます。
次に、疑義がある場合には本人の同意を得るか、上記①②③の例外を検討することになります。感染事実等の情報の取得の場合と同様に、②③を根拠に本人の同意なく目的外の取扱いを行うことができると考えられます。
ただし、従業員の病気や検査結果を、本人の同意なく職場の関係者に知らせたことは、同一法人内であるため、個人情報保護法の第三者提供にはあたらないが、本人の同意がない目的外利用にはあたるとし、その上で本人の同意がない目的外利用は従業員のプライバシー侵害の不法行為に該当するとした裁判例があります(福岡高判平成27年1月29日判時2251号57頁)。
これを踏まえて考えると、同じ職場の他の従業員に知らせるのは「職場に感染者が発生した」という事実に限り、個人を特定できない形にすることが適切と考えられます。
A.個人情報保護法上、個人データ(特定の個人情報を検索可能にした個人情報データベース等に入力した個人情報(個人情報保護法第2条6項))を第三者に提供することは、原則としてあらかじめ本人の同意を得ることが必要となります(個人情報保護法第23条1項本文)。
例外として、
- ①法令に基づく場合(個人情報保護法第23条1項1号)
- ②人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第23条1項2号)
- ③公衆衛生の向上等のために特に必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき(個人情報保護法第23条1項3号)
したがって、本人の同意を得ることを原則とし、入院中など本人の同意を得ることが困難な場合は②③を根拠に提供することが考えられます。
ただし、「個人データ」に該当しないと考えられる場合も、「公表している利用目的の達成のために必要な範囲内か」を慎重に検討する必要があります。
したがって、多くの場合、「職場に感染者が発生した」という事実に限り、個人を特定できない形で提供することが適切と考えられます。
A.厚生労働省や保健所等も、「第三者」に該当するため、原則として本人の同意が必要なのですが、例外的に
- ①法令に基づく場合
- ②人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき
- ③公衆衛生の向上等のために特に必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき
したがって、原則として、本人の同意を得ることを原則とし、本人の同意を得ることが出来ない場合でも①②③の例外に該当すると考えられる場合には、提供することができます。①はたとえば、感染症法第15条に基づく質問・調査が考えられます。
ただし、Q7やQ8と同様に公表している利用目的の達成に必要かを考慮する必要がありますので、提供を求める目的や範囲については確認することが適切と考えられます。
<ご参考|外部リンク>
Q1.~Q5.担当 中崎尚弁護士
Q6.~Q10.担当 中崎尚弁護士、井上乾介弁護士
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A.契約上、「債務の不履行の場合、その原因の如何にかかわらず損害賠償責任を負う」という定めがある場合、「不可抗力」を理由として、損害賠償責任を免れることができる可能性は低いと思われます。
一方、契約上明確な定めがない場合、一般的に「不可抗力」は免責事由と解されており、その旨を認めた裁判例もあります。そして、「不可抗力」に該当するかは、債務不履行の原因となった事由が「外部から生じた原因であり、かつ防止のために相当の注意をしても防止できない」ものか否かが考慮されます。 また、学説においても、債務不履行責任の文脈において、債務不履行の原因となった事由が、
- ①債務者の統制外の障害であること
- ②契約締結時に考慮に入れることができなかった障害であること
- ③回避困難かつ克服困難な障害であること
新型コロナウイルス感染症を原因とする債務不履行が、「不可抗力」によると認定されるか否かは、個々のケースによる個別判断によらざるを得ませんが、新型コロナウイルス感染症の影響により債務を履行できなかった場合に、この問題が「不可抗力」に該当し、債務不履行責任を負わない場合もあり得ると考えられます。
なお、債務不履行による損害賠償責任(民法415条)の有無が争われるケースでは、債務不履行による損害賠償責任の発生要件が、
- ①債務不履行の事実
- ②債務者の故意又は過失(帰責事由)
- ③損害の発生
- ④損害と債務不履行との因果関係
A.契約上「顧客は債務の履行を受けることができなかったときは、その原因にかかわらず契約を解約できる」等の規定がある場合は、不可抗力により債務を履行することができなかったことを主張しても、顧客は契約を解約できます。
一方、契約上明確な文言がない場合ですが、民法上の一般論として、債務不履行に基づく解除権の行使については、債務者の帰責事由がなければ認められません。したがって、個々のケースごとの個別判断にはなりますが、上述Q1で述べた基準に沿って新型コロナウイルス感染症の影響は「不可抗力」(その結果、自らに帰責事由はない)と主張することで顧客による契約の解除が認められない可能性があります。
なお、令和2年4月1日に改正民法が施行され、同日以降に締結された契約については、民法上、債務者の帰責事由がなくとも、債権者は債務不履行に基づく解除権の行使ができるようになりました。したがって、同日以降に締結された契約については契約上明確な文言がない場合であっても、顧客からの解約が認められることになります。
A.契約上「顧客は債務の履行を受けることができなかったときは、その原因にかかわらず顧客は代金支払義務を免れる」旨の規定がある場合は、「不可抗力」により債務を履行することができなかったことを主張しても、顧客に代金支払いを求めることはできない可能性が高いと考えられます。
契約上明確な文言がない場合ですが、「履行できなかった」の意味が、客観的に履行できない状況、つまり履行不能を意味する場合と、客観的に履行可能であるものの、単に履行が遅滞に陥っているに過ぎない場合とで場合分けをする必要があります。
履行不能である場合、民法上、「特定物」にかかる物権の設定または移転を目的とする契約以外の場合には、代金支払いを顧客に求めることができないのが原則です(旧民法536条1項)。ただし、債務を履行できなかったことにつき、債権者に帰責事由がある場合、例えば、顧客が本来履行を受領すべき時期に受領せず、その後、新型コロナウイルス感染症の影響により履行ができなくなったような場合には、顧客に対して代金支払いを引き続き求めることができます(同条2項)。他方、契約の内容が「特定物」にかかる物権の設定または移転を目的とする場合には、債務者に帰責事由が存しない限り、代金支払いを顧客に対し求めることができます(旧民法534条1項)。
履行が可能である場合には、危険負担の問題ではないため、債務者は、自らの債務の履行をするまでは、代金の支払いを求めることはできません(同時履行の抗弁権、旧民法533条)。
なお、令和2年4月1日に改正民法が施行され、同日以降に契約が締結された場合には、契約の内容が「特定物」にかかる物権の設定または移転を目的とするか否かにかかわらず、代金支払いを顧客に求めることができないのが原則です(新民法536条1項)。また、債務を履行できなかったことにつき、債権者に帰責事由がある場合には、顧客に対して代金支払いを引き続き求めることができます(同条2項)。
Q1.~Q3.担当 齋藤宏一弁護士、古波藏惇弁護士
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A.株式譲渡契約を含む M&A 取引契約おいて、契約締結とクロージングの間に一定の期間を設ける場合には、対象会社の事業、財務状態、資産、負債、損益、将来の収益等に「重大な悪影響を及ぼす事由」が生じていないことを買主のクロージング義務履行の前提条件とすることがあります(いわゆる MAC 条項又は MAE 条項)。MAC条項がクロージング義務履行の前提条件として規定されている場合には、対象会社の事業等に「重大な悪影響を及ぼす事由」が生じた場合には、買主は前提条件不充足としてクロージング義務を履行しないことができます。また、対象会社の最終の貸借対照表の基準日後に「重大な悪影響を及ぼす事由」が発生していないことが表明保証の内容とされている場合には、表明保証の違反を通じて、前提条件の不充足によりクロージング義務を履行しないこと又は契約の解除を行うことができる場合があります。
もっとも、売主からすれば、契約締結後に対象会社に生じるリスクを自らが負担することになりますので、「重大な悪影響を及ぼす事由」の定義は買主との間で大きな争点となります。一般的な経済状況の変動、業界全体の状況の変動、資本市場の変動、戦争・テロ・天災、法令・会計基準の変更等は、売主・対象会社側でコントロールできない事由として、「重大な悪影響を及ぼす事由」から除外されることも多いですが、本件のように、新型コロナウイルスの感染拡大による将来の見通しが不透明な状況においては、売主から、新型コロナウイルス感染拡大に関連して生じる事由を明示的に除外するよう主張されることも考えられます。
これに対して買主としては、新型コロナウイルス感染拡大に関連して生じる事由を明示的に除外するとしても、これに関連して生じる対象会社への悪影響が、同業他社に生じる悪影響と比較して特に大きくなった場合には、例外の例外として、「重大な悪影響を及ぼす事由」に該当するよう規定することを求めることが考えられます。
いかなる事由を「重大な悪影響を及ぼす事由」と定義するかは、売主・買主間のリスクアロケーションの問題であり、新型コロナウイルス感染拡大のリスクをどの程度甘受できるのかを検討し、両者が合意できる着地点を探す必要があります。
また、MAC条項を規定することについて合意できたとしても、いかなる場合に「重大な」悪影響が生じたといえるのかといった点や、現在のように新型コロナウイルスの感染が周知の事実となっている中で契約関係に入った場合に、新型コロナウイルスの感染拡大を契約に明記しなかったときは、これを理由として MAC 条項に該当する旨を主張できるのかといった点も問題となりえます。そのため、売上・利益や特定の KPI が一定程度減少したこと、特定の事象が発生したこと(例えば、海外工場の閉鎖が 2 週間以上継続したこと等)といった客観的な基準をもって「重大な悪影響を及ぼす事由」に当たる旨を定めておくことも考えられます。もっとも、契約締結前の限られた時間の中で両者が納得できるような基準を定めることが可能であるか、比較の対象となる数値をどのように算出するか、クロージング後の収益悪化が見込まれる事由が発生した場合をカバーできるような基準を定めることが可能であるか、といった点も併せて検討する必要があります。
なお、MAC 条項について満足できる内容を合意できない場合、買主としては、売主に対して解約金(リバース・ブレークアップフィー又はリバース・ターミネーションフィーと呼ばれます。)を支払うことにより契約を一方的に解除できる内容の規定を設け、クロージングを取りやめる途を確保しておくということも考えられます。
A.新型コロナウイルス感染症の影響で、ある一定の買収価格で合意することが難しい場合には、いわゆる「価格調整条項」や「アーンアウト条項」などを利用することが考えられます。
(価格調整条項について)
新型コロナウイルス感染症の感染の状況や、緊急事態宣言のような感染拡大防止措置の内容は、日々変化し又は更新され、現在は多くの企業の事業の状況が短期間であっても見通しにくいものとなっています。そのような中、契約締結からクロージングまでの期間の価格変動リスクに対応するためには、クロージングまでの対象会社の企業価値の変動を反映して価格調整を行う価格調整条項の利用が考えられます。
このような価格調整条項は、通常、契約締結前の段階で入手可能な最新の対象会社の貸借対照表(株式譲渡契約において合意されクロージング日に支払われる譲渡価格の決定もこのような貸借対照表に基づいて行われ るものと考えられます。)と、クロージング日時点における対象会社の貸借対照表とを比較して、これらの貸借対照表における一定の項目の変動に基づき、譲渡価格の調整を行うという内容であることが多いです。具体的な調整の方法としては、運転資本の額の変動を基準にするもの(運転資本調整)、有利子負債と現金及び現金同等物の変動を基準にするもの(純負債調整)、純資産額の変動を基準にするもの(純資産調整)などがあり、またこれらを組み合わせたものもあります。調整の結果、変更された譲渡価格とクロージング日に支払われた譲渡価格の差額につき、一方の当事者から他方の当事者に支払われることになります。価格調整条項は、上記のとおり、通常はクロージング日時点における貸借対照表の数値を基準として価格調整を行うよう規定されることが一般的ですが、契約締結日とクロージング日との間の期間が長期に及ぶ場合には、クロージング後に支払われることになる調整額の変動の影響をできるだけ小さくするために、クロージング後の価格調整に加え、クロージング日前の一定のタイミングで暫定的な価格調整を行い、クロージング日に支払われる譲渡価格を調整するようなメカニズムを規定することも考えられます。
(アーンアウト条項について)
他方で、新型コロナウイルス感染症については、この先数か月といった短期的な影響のみならず、感染の拡大に伴う経済活動の自粛等によって引き起こされた景気の悪化等により、この先何年かに及ぶ長期的な影響も懸念されているところです。そのような、クロージング後一定の期間における価値の変動や、対象会社の事業の不確実性によるリスクに対応するためには、アーンアウト(earn-out)条項の利用が考えられます。
アーンアウト条項とは、買収対価の一部を買収後における予め合意された目標の達成に連動させる条項をいいます。すなわち、クロージング日に支払われる譲渡価格に加えて、目標が達成された場合に買主から売主に対して追加で譲渡価格の支払がなされることになります。そのような目標として設定されるものとしては、財務的な指標では EBITDA、売上高、純利益等が用いられることが多く、一定の事項の達成等の非財務的な指標が定められることもあります。支払いの方式については、一定の目標を達成した場合に一定の額を支払うこととするものや、支払額を一定の公式に従って計算するもの等があり、支払いの回数についても、評価対象期間全体で 1 回の支払のみが予定されているものや、評価対象期間の途中における目標達成状況に応じて都度支払いを行うもの等があります。
アーンアウト条項においては、売主側が追加の譲渡価格の支払を受けられないかもしれないというリスクを負うことになります。それとは逆に買主側がリスクを負う条項の設計としては、アーンアウト条項とは逆に、一定の条件が成就しないことを理由に、譲渡価格の一部の返還を受けるというリバース・アーンアウト(reverse earn-out)条項の利用も考えられます。なお、アーンアウト条項やリバース・アーンアウト条項による売主及び買主間の支払の確実性を担保するために、エスクロー口座に相当する現金を預け入れた上で、条件が満たされた場合には、エスクロー業者が売主及び買主間で合意された条件に従って、自動的に支払を行うようにすることも考えられます。
A.新型コロナウイルス感染症拡大に伴う勤務体制の変化や外出自粛により、デュー・デリジェンス(DD)の実施方法・態様に制約が生じています。
買主は、自ら、又は専門家に委託して各種のDDを実施しますが、現状では、DDに従事するメンバーが、物理的 なデータルームに参集して資料閲覧を行うことは困難です。そのため、バーチャル・データルームの活用が現実的な選択肢となるでしょう。資料の収集等を行う売主・対象会社においては、在宅勤務や外出自粛の影響により、会社で保管された資料を整理してデータルームにアップロードすることが困難である状況も考えられるため、買主としては、重要資料の確認のタイミングが遅れたり、DD のプロセスに時間を要したりする可能性に留意する必要があります。また、買主は、通常、資料の閲覧と並行して、売主・対象会社の担当者に対するインタビューを実施しますが、このようなインタビューも電話会議やオンライン会議の方式によらざるを得ないでしょう。このような場合、会議の参加者を点呼により確認したり、(可能であれば)会議をロックしたりするなどして、情報セキュリティに配慮したいところです。そして、対象会社の生産拠点等へのサイトビジットも、外出自粛や自主的な操業停止等の影響により実施が困難な状況も想定されます。さらに、買主・売主・対象会社を問わず、DD のプロセスに関与するメンバーが主として在宅勤務を行っている状況では、平時にもまして、各メンバーに対し、機密資料・データに係る情報管理の徹底を図る必要性が高いと言えるでしょう。
次に、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえた法務 DD の留意点ですが、これは対象会社の業種・業界、事業モデル、株式の上場・非上場の有無等により異なるため、一概にポイントを示すことは難しいところです。以下では、業種・業界を問わず、共通の視点となり得る事項について述べます。
まず、対象会社のサプライチェーンへの影響があります。例えば対象会社が製造業である場合、その取引先に納期遅延、仕入拒否その他の債務不履行が発生している可能性があります。ここでは、契約における不可抗力条項(「商取引関係 Q&A」参照)の該当性等の分析が問題となり得ます。また、代替的な仕入先・取引先の選択を困難とする独占権(exclusivity)条項がある契約や、対象会社が製品の最低単位購入義務を負っている契約等については、契約解除の可否等が問題となり得ます。逆に、対象会社において納期遅延その他の債務不履行が生じている場合には、取引先に対する損害賠償の問題が生じる可能性があるため、やはり不可抗力条項の該当性等の分析が問題となります。なお、買主として、対象会社の買収後に一部事業の譲渡や廃止などのリストラクチャリングを検討する場合には、その観点で各契約の解除可否等の精査を行うことになるでしょう。
次に、対象会社の資金繰りへの影響の分析の前提として、金融機関からの借入れの返済状況、借入契約における財務制限条項への抵触等の精査が必要となるでしょう。
さらに、人事・労務分野への影響があります。対象会社の従業員が在宅勤務(テレワーク)を導入している状況では、労働時間管理の方法を含め、対象会社が採用している制度の内容をまず理解する必要があると思われます。また、在宅勤務に関しては、各従業員が遵守すべき会社の機密資料やデータに関する情報セキュリティポリシーにも留意したいところです。また、対象会社の業績が悪化している状況では、対象会社が雇用削減や賃金カット等のいわゆるリストラを計画している可能性があり、解雇の有効性、労働条件の不利益変更の可否、有期契約労働者の雇止め等の様々な労働問題が生じる可能性があります。
また、対象会社が日本だけではなく、海外においても事業を行っている場合、海外事業・海外子会社についての情報を入手することが困難な可能性もあります。特に、多くの国において出入国が制限されている状況においては、サイトビジット等の現地実査は事実上困難であり、とりわけ買収是非の検討の前提である対象会社の事業オペレーションに関する情報収集面での課題となっています。
A.対象会社が(i)株式分割等を行った場合であって、かつ(ii)そのような場合には買付け等の価格の引下げを行うことがある旨の条件が公開買付開始公告及び公開買付届出書において付されている場合を除き、公開買付期間中に公開買付価格を引下げることはできず(金融商品取引法27条の6第1項1号)、新型コロナウイルス感染症の影響による対象会社の業績の悪化は(i)には該当しません。
したがって、新型コロナウイルス感染症の影響で対象会社の業績が大きく悪化した場合であっても、公開買付価格の引下げを行うことはできません。
A.公開買付者は、公開買付開始公告をした後においては、原則として、公開買付けの撤回を行うことはできません(金融商品取引法27条の11第1項)。
但し、以下の場合には、例外的に、公開買付けの撤回が認められています。
- ① 公開買付開始公告及び公開買付届出書において、対象会社及びその子会社の業務又は財産に関する重要な変更その他の公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事情が生じたときは公開買付けの撤回をすることがある旨の条件を付した場合
- ② 公開買付者に重要な事情の変更が生じた場合
そして、①の「公開買付けの目的の達成に重大な支障となる事情」として、公開買付けの撤回事由とすることが可能となる具体的な事由は法定されています(金融商品取引法施行令 14 条 1 項)。法定された撤回事由は、大きく、(i)対象会社又はその子会社の一定の機関決定(同項1号)、(ii)対象会社における買収防衛策の維持の決定等(同項2号)、(iii)対象会社における発生事実(同項3号)、(iv)公開買付けによる株券等の取得について行政庁の許可等が得られなかった場合(同項4号)の4つに分けられます。
(i)対象会社又はその子会社の一定の機関決定は、対象会社又はその子会社で機関決定を行うことが撤回事由となる場合ですので、新型コロナウイルス感染症の影響によって対象会社の業績が大きく悪化しただけでは、これに該当しません。但し、業績の悪化に伴い、対象会社が、事業の全部又は一部の譲渡、重要な財産の処分等を決定した場合には、これに該当する可能性があります(もっとも、各撤回事由には軽微基準が定められているものがあり、これを満たさない場合には、撤回事由に該当しても、公開買付けの撤回は認められません。)。
次に(iii)対象会社における発生事実としては、(a)手形若しくは小切手の不渡り、(b)主要取引先(総売上高又は総仕入額の 10%以上である取引先)からの取引の停止を受けたこと等が挙げられており、これらに該当する場合には、公開買付けの撤回が認められます(これらにも、軽微基準が定められているものがあります。)。
また、(c)災害に起因する損害(軽微基準は、損害額が総資産の1%)も撤回事由とすることが認められておりますが、これは公開買付開始公告後に、予期せず発生した地震等が原則として想定されており、新型コロナウイルス感染症等の疫病の発生による損害がこれに該当するかについては明らかではありません。
なお、(iii)対象会社における発生事実としては、具体的に法定された事由に「準ずる事実」についても、公開買付開始公告及び公開買付届出書において撤回事由として指定することができるとされておりますが、公開買付者が自由に指定することができるわけではなく、事前相談において、関東財務局が許可したものに限って指定することができるというのが、実務上の運用です。関東財務局の運用としては、「準ずる事実」の指定については非常に厳しい運用を行っており、たとえば上記の「災害に起因する損害」に準ずる事実として「新型コロナウイルス感染症に起因する損害」等を指定することができるかについては関東財務局と十分な協議が必要であり、認められない可能性も十分に考えられます。実際のところ、新型コロナウイルス感染症の問題が大きくなった 2020 年 2 月以降に提出された公開買付開始公告及び公開買付届出書において、現時点において、新型コロナウイルス感染症に関連する事由が「準ずる事実」として指定されているものは存在しません。
したがいまして、新型コロナウイルス感染症の影響により、対象会社の業績が大きく悪化した場合であっても、公開買付けの撤回が認められる場合は相当程度限定されていますので、公開買付けの開始を決定する前に、新型コロナウイルス感染症の対象会社の業績への影響については、十分に検討をしておくことが必要になります。公開買付開始公告を行う日の前営業日に公開買付けの開始について決定し、かつ決定した事実をプレスリリースで開示することが一般的ですので、プレスリリースの開示の前にはそのような検討を済ませておくことが必要になります。
A.ここでは詳細は省略しますが、中国競争法等の関係で、公開買付けを行うことを決定し、プレスリリースにおいて開示した後、実際に公開買付開始公告を行い公開買付けを開始するまでに一定の期間をあけることが必要となる場合があります。その場合、実務上は、プレスリリースで公開買付価格についても具体的に記載することが行われています。
公開買付けを行うことをプレスリリースで開示した場合であっても、金融商品取引法上は、公開買付価格を引き下げること、又は公開買付けを開始しないこと自体は禁止されていません(不当な目的を有する場合には、相場操縦や風説の流布に該当しうる場合もありえます。)。
一方で、公開買付者が対象会社自身又は大株主との間で、所定の公開買付価格で公開買付けを開始することについて契約を締結し合意をしている場合には、当該合意に違反することになる可能性があります。また、公開買付けを行うことについてプレスリリースで開示した場合、市場への影響が極めて大きいため、対象会社が上場会社の場合には、上場証券取引所との関係で、公開買付価格を引き下げる、又は公開買付けを開始しないことが困難になる可能性があります。
もし、新型コロナウイルス感染症の対象会社の業績への影響によって、公開買付価格の引下げ又は公開買付けを開始しないことがありうる場合には、少なくともどのような場合にそのようなことがありうるかを具体的に定めた上で、プレスリリースにおいても明示しておくことは必要と思われます(プレスリリースで明示した場合であっても、現実 には、公開買付者のレピュテーションリスク等を勘案の上、当初公表した公開買付価格で公開買付けを事実上開始せざるをえなくなることも考えられます。)。
Q1.担当 佐橋雄介弁護士、Q2.担当 青柳良則弁護士、Q3.担当 戸倉圭太弁護士、Q4.~Q6.担当 飛岡和明弁護士
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A.取引先と十分に協議をした上で、取引先の同意を得た場合には、契約の変更が可能と考えられます。その場合、報酬額や支払期日等の新たな取引条件については、書面等により明確化しておく必要がありますのでご留意ください。
なお、この取引変更により、取引先に新たに発生した費用等については、独占禁止法、下請法、下請振興法の趣旨に鑑み、取引先に負担させないことが望ましいと考えられます。例えば、追加の費用が発生した場合には、取引先の負担とせずに報酬額に上乗せをすること、既存の契約を解除する場合には、取引先において既発生の費用について、取引先に支払うことが望ましい対応と考えられます。
*経済産業大臣、厚生労働大臣、公正取引委員会委員長から関係事業者団体代表者宛てに発せられた令和2年3月10日付「新型コロナウイルス感染症により影響を受ける個人事業主・フリーランスとの取引に関する配慮について」参照
A.個別の取引条件にもよりますが、取引先からの今般の新型コロナウイルス感染症の影響を理由とした納期延長等の求めに対しては、納期の不遵守による契約解除や債務不履行に基づく損害賠償請求等を行うことなく、十分に協議した上で、できる限り柔軟に対応することが望ましいと考えられます。
加えて、このような取引先に対して取引停止または大幅な取引量の減少を行うことにも注意が必要です。下請振興法の規定に基づく振興基準(以下「振興基準」という。)において、継続的な取引関係にある場合に、取引の停止又は大幅に取引を減少しようとする場合には「親事業者は、相当の猶予期間をもって予告する」旨を明記しています。このため、親事業者は、下請事業者の経営に配慮しながら、下請事業者と十分に協議して、現状の取引内容や取引条件の確認と今後の発注に係る対応を決定する必要があります。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A 問2」参照
*経済産業大臣、厚生労働大臣、公正取引委員会委員長から関係事業者団体代表者宛てに発せられた令和2年3月10日付「新型コロナウイルス感染症により影響を受ける個人事業主・フリーランスとの取引に関する配慮について」参照
A.商品の供給が一時的に不足しており、当該商品に代わる商品が存在しない場合に、関連性のない製品とセット販売を行うことは、独占禁止法が禁止する不公正な取引方法(抱き合わせ販売等)(独占禁止法第2条第9項第6号等)に該当する可能性が高いと考えられます。そのため、供給不足に陥っている商品と他の製品とのセット販売は行わないようにしてください。
*公正取引委員会(令和2年2月27日)「新型コロナウイルスに関連した感染症の発生に伴うマスク等の抱き合わせ販売に係る要請について」参照
A.小売業者と納入業者の間の買取取引においては、納入業者は商品の引渡し義務を負うだけで、店舗の陳列作業等は本来的には買主である小売業者が行うべき役務です。そのため、店舗の陳列作業や宅配業務について、納入業者の従業員等に協力させること(従業員派遣)は、原則として納入業者にとっての不利益行為に当たります。そして、小売業者が納入業者に対して優越的な地位にある場合、当該不利益行為は独占禁止法で禁止する優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)に該当する可能性が高いです。
ただし
- (1)従業員等の協力(従業員派遣)の条件についてあらかじめ相手方と合意し、かつ、当該従業員の協力のために通常必要な費用を小売業者(買主)が負担する場合、又は
- (2)従業員等が自社の納入商品のみの販売業務に従事するものなどであって、納入業者の負担が派遣を通じて納入業者が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり、納入業者の同意の上で行われる場合
現状の新型コロナウイルス感染症の影響に鑑みると、小売業者の営業が円滑に行われることや、外出が困難となっている中で小売業者が生活物資を直接消費者へ配達することは市民生活を支援するために有益と考えられます。一方で、営業時間中の納入作業や宅配作業は不特定多数の客と接触することが想定されるため、このようなリスクを納入業者に不当に押し付けることがないように、実施方法・条件について小売業者と納入業者との間で十分に協議を行い、かつ、上記 (1)か(2)の要件を満たす場合には、納入業者に、店舗の陳列作業や宅配業務について協力を要請することも可能と考えられます。
また、同様の行為は、下請法上の不当な経済上の利益提供の要請(下請法第4条第2項第3号)にも該当する可能性がありますので、下請法が適用される取引の場合、この点にも注意が必要です。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問11」参照
*公正取引委員会「東日本大震災に関連するQ&A問3及び問7」参照
A.下請事業者に責任がある場合を除き、発注済みの物品等について親事業者が受領拒否をしたり返品したりすることは、下請法上問題となります(下請法第4条第1項第1号及び第4号)。そのため、親事業者は、他の営業所や倉庫等の代替的な場所での受領の可能性も含め可能な限り当初定めた納期で受領する手段を講ずる必要があります。しかしながら、例えば、都道府県の要請を受けて営業を自粛しているため、客観的にみて当初定めた納期に受領することが不可能であると認められる場合には、両者間で十分協議の上、相当期間に限り納期を延ばしても、公正取引委員会等が下請法違反に基づく措置等を取る可能性は低いと考えられます。親事業者は、このような特別な事情や経緯について、事後的にも説明できるように記録を作成しておくことが求められます。
また、この場合下請事業者に追加で生じた保管費用等の追加費用については、原則として、親事業者が負担する必要があります。下請事業者に対し、親事業者が支払うべき費用を負担させることは、不当な経済上の利益提供要請として下請法上問題となりますので注意が必要です(下請法第4条第2項第3号)。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問1」参照
*公正取引委員会「東日本大震災に関連するQ&A問4」参照
A.個別の事案にもよりますが、下請事業者に責任がある場合を除き、親事業者の都合で一方的に発注をキャンセルし、商品の受領を拒否して支払いを拒む行為は、受領拒否として、下請法上問題となります(下請法第4条第1項第1号)。したがって、親事業者としては、部品Bだけ受領しても商品Cを製造できないという下請事業者に責任がない他の部品の調達不能を理由に、発注をキャンセルしたり、支払いを回避することはできません。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問1」参照
*公正取引委員会「東日本大震災に関連するQ&A問9」参照
A.生産・調達コストが大幅に上昇するなどの新型コロナウイルス感染症の影響による単価の引上げについては、親事業者と下請事業者との間で十分協議を行って決定することが望まれます。
具体的な事実を踏まえて判断することとなりますが、例えば、人手不足による人件費の上昇、供給不足による部品の価格高騰など、新型コロナウイルス感染症の影響により下請事業者のコストが通常の発注に比べて大幅に増加するような発注にもかかわらず、下請事業者と十分に協議することなく、通常の発注をした場合の単価と同一の単価に一方的に据え置くことは、買いたたきとして下請法上問題となるおそれがあります(下請法第4条第1項第5号)。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問8」参照
*公正取引委員会「東日本大震災に関連するQ&A問11」参照
A.親事業者が下請事業者に対して単価引き下げを行う理由を明確に示して十分な協議を行った上で、単価を引き下げるのであれば、下請法上直ちに問題にはなりません。
しかし、親事業者の損失補填のみを理由として一方的に、一律一定率で単価を引き下げて下請代金の額を定めることは、買いたたき(下請法第4条第1項第5号)として、下請法上、問題となるおそれがあります。
また、下請代金に係る価格交渉とは別に、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、新型コロナウイルス感染症対策値引き等の名目の金額を下請代金から差し引けば、下請代金の減額(下請法第4条第1項第3号)として、下請法上、問題となり、また、協賛金の提供をさせることで下請事業者の利益を不当に害する場合には、不当な経済上の利益提供要請(下請法第4条第2項第3号)として、下請法上、問題となります。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問9」参照
A.支払方法の変更や手形期間の変更により生じる下請事業者のコストを負担しないで一方的に下請代金の額を据え置く場合には、買いたたき(下請法第4条第1項第5号)として、下請法上、問題となるおそれがあります。
また、下請代金を手形で支払う場合に、繊維業については90日、その他の業種については120日を超える手形を用いるときは、割引困難手形(下請法第4条第2項第2号)として、下請法上、問題となるおそれがあります。
なお、下請事業者から、製造委託した物品等を受領している又は提供を受けているにもかかわらず、支払期日に下請代金を支払わない場合には、支払遅延(下請法第4条第1項第2号)として、下請法上、問題となります。支払期日を延期(支払を猶予)してもらうよう下請事業者に依頼し、合意を得た上で支払わない場合も同様である点には、特に注意が必要です。
この場合、下請事業者に対し、下請事業者の給付を受領した日から起算して60日を経過した日から支払をする日までの期間について、遅延利息(年率14.6%)を支払わなければなりません。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問10」参照
A.下請事業者の責任によって納品されなかった数量分に係る下請代金について支払わなくても下請法上問題になることはありません。しかし、契約にペナルティ条項があったとしても、数量不足等による商品価値の低下を理由に下請代金を減額する場合には、客観的に相当と認められる額に限られますのでご注意ください。
それに加えて、新型コロナウイルス感染症の影響の下、下請事業者が納品できた分についても、当初想定したコストより高コストとなっている可能性もあります。
このため、下請代金の額を減じることができる場合であっても、一方的に減じるのではなく、当事者間で十分に協議を行い、減じるべき合理的な金額について決定することが望ましいと考えます。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問6」参照
A.親事業者が、下請事業者に対し、安全管理の強化を指示することが直ちに問題になるものではありません。
しかし、安全管理を強化したことにより下請事業者に追加で費用が生じているにもかかわらず、それを考慮せずに下請代金の金額を一方的に据え置く場合、買いたたき(下請法第4条第1項第5号)として、下請法上、問題となるおそれがあります。
そのため、親事業者としては、下請事業者と実効性を含めて安全管理に係る協議を行った上で、安全管理の実施方法や費用負担の内容を決定することが妥当です。
安全性の確保を理由とするにしても、本来であれば親事業者が自ら負担すべき費用を下請事業者に一方的に転嫁すべく、親事業者が、下請事業者に責任がないのに、下請代金の減額(下請法第4条第1項第3号)を行うことや、自己のために金銭を提供させ、下請事業者の利益を不当に害すること(下請法第4条第2項第3号)は、下請法上、問題となります。
*公正取引委員会・中小企業庁「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A問12」参照
Q1.~Q11.担当 臼杵善治弁護士、石田健弁護士、植村直輝弁護士
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A.賃貸借に関する権利義務関係は、原則として当事者間で締結されている賃貸借契約により決定されることとなります。よって、まずは、締結済みの賃貸借契約を十分に検討し、関連する規定がないかを確認する必要があり、締結済みの賃貸借契約にこれに関する規定がある場合には、原則として賃貸借契約の定めに従うことになります。
これに対し、賃貸借契約で関連する規定が定められていないケースでは、休業の原因によって原則的な取扱いが分かれることになります。
休業が全くの賃借人の判断により行われている場合には、賃貸人に対して賃料の支払い免除を求める法的な根拠がなく、賃貸人として賃料の支払い免除に応じる必要はありません(なお、全くの賃借人の判断で休業する場合には、賃貸人の承諾を得ない休業が賃貸借契約で禁じられていることも多いことから、賃貸借契約の定めに違反しないかを確認するべきといえます。)。
また、休業が全くの賃貸人の判断で行われ、賃貸人が賃借人に休業することを強制したようなケースでは、賃貸人は賃借人に対して不動産を使用・収益させる義務(以下「貸す債務」といいます。)を負担しているので、この貸す債務を賃貸人が意図的に不履行したものとして損害賠償債務を負担することとなります(この場合、損害賠償債務と賃料債務を相殺することで、実質的な賃料の免除を得られることになります。)。
もっとも、新型コロナウイルス感染症の影響による休業の場合、賃貸人及び賃借人のいずれの判断とも言い難い場合や、賃貸人及び賃借人が双方ともにやむなく休業せざるを得ない場合、賃貸人及び賃借人の協議の結果感染症の拡大防止のために休業することを合意して休業する場合等、賃貸人及び賃借人のいずれか一方のみに休業の原因があるといえないケースも多く生じています。
そのような賃貸人及び賃借人のいずれの原因でもない、いわゆる「不可抗力」により休業を余儀なくされ、貸す債務を履行することができなかった(履行が不能であった)場合(以下「不可抗力による履行不能の場合」といいます。)には、賃借人は貸す債務が履行されない範囲で賃料の支払債務を免れることができます(民法536条1項)。
どのようなケースが不可抗力による履行不能の場合に該当するかは、社会通念に従い個別具体的に判断されるため、必ずしも明らかではありません。
例えば、新型コロナウイルスに関連して、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「感染症法」といいます。)に基づく建物の立入等の禁止や交通の制限・遮断により建物の使用禁止処分等が実施された場合には、法律上その建物の使用が禁止されますので、その建物の賃貸借については、不可抗力による履行不能になるものと考えられます。この場合には、建物の立入等の禁止がされ、貸室を使用できず、休業を余儀なくされた日数に応じて日割計算する等の方法により、賃貸人の貸す債務が履行されなかった割合を算出し、それに基づいて算出された割合に対応した範囲で、賃借人は賃料支払債務を免れることになると考えられます(なお、現時点ではあまり想定されませんが、建物の立入等の禁止が長期化するような場合には、そのことが賃貸借契約の終了事由や解除事由となる可能性もあります。)。
また、上記の感染症法の使用禁止処分等のように強い処分ではありませんが、令和2年4月11日(同月16日変更)に内閣官房新型コロナウイルス感染症対策本部が決定した新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針によると、同月7日に発出された緊急事態宣言に伴い、緊急事態宣言の指定区域(現状は全都道府県)では、事業者に対して、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」といいます。)に基づく行動計画を実施するために必要な協力の要請(特措法24条9項)及び施設の使用の制限又は停止その他の措置の要請・指示(特措法45条2項・3項)をとることができるとされています。具体的には、「第1段階として法第24条第9項による協力の要請を行うこととし、それに正当な理由がないにもかかわらず応じない場合に、第2段階として法第45条第2項に基づく要請、次いで同条第3項に基づく指示を行い、これらの要請及び指示の公表を行うものとする。」という段階的な要請・指示を行うものとされています。
このうち、行動計画を実施するために必要な協力の要請(特措法24条9項)は、予め定めておいた新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画に関するものであり、法的義務を課すものではなく、任意の協力を求めるものにすぎません。実際、令和2年4月7日の緊急事態宣言以降、同宣言の指定区域となった都府県において一定の遊興施設、大学・学習塾等、運動・遊戯施設、劇場等、集会・展示施設、商業施設に対して施設の使用停止及び催物の開催の停止要請(=休業要請)がなされていますが、これらは、法律上の位置付けとしては「任意の協力要請」です(令和2年4月10日 新型コロナウイルス感染拡大防止のための東京都における緊急事態措置等)。
次に、施設の使用の制限又は停止その他の措置の要請・指示(特措法45条2項・3項)については、緊急事態宣言がなされた場合に、施設管理者等に要請及び指示ができるというものです。要請に応じる法的義務はないと解されていますが、指示については法的義務を課すものと解されています(ただし、違反に罰則はありません。)。なお、これらの措置がとられた場合、公表されることになります(特措法45条4項)。
これらの法律に基づく要請・指示等の措置がなされた場合、法律上の根拠のない要請とは異なり、法律上の義務や違反に対する罰則の有無にかかわらず、その時点の諸々の状況に鑑み、事実上の強制力を伴うと評価されるべきケースもありますから、そのようなケースでは、上記の感染症法に基づく使用禁止処分等と同様に考え、不可抗力による履行不能になるものと考えられます。
もっとも、前記のとおり、どのようなケースが不可抗力による履行不能の場合に該当するかは、社会通念に従い個別具体的に判断されるため、具体的なケースにおいて不可抗力による履行不能に該当するかどうかは、関係する不動産の利用目的、利用状況、その時点での近隣の情勢、さらには取引通念等によっても影響を受けますから、現時点でどのような場合に不可抗力による履行不能になるのかを一律に線引きすることは困難であり、多くのケースでは、休業の原因や周辺事情等を踏まえ、賃貸人と賃借人の間で休業の原因等について協議し、賃借人が賃料の支払い義務を免れるのかどうかを決定していくことが必要になるものと思われます。
なお、法律上賃貸人として賃料の支払免除に応じる必要があるかどうかとは別に、昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大防止の観点からの外出自粛要請や一部事業者に対する営業自粛要請等の影響により、一時的に資金的な困難を生じている事業者も多くある数見られる中で、このような事業者に対し、賃料の一部免除等の柔軟な措置を講ずることが、賃借人である事業者の破綻等を避けることにつながり、結果として、賃貸人及び賃借人の双方にとって中長期的な観点からメリットがある場合もあると考えられます。各不動産についての権利義務関係、権利義務を取り巻く関係者の事情は様々であり、それを具体化したものがまずは契約であることもあり、当事者には、それぞれの契約を踏まえつつ、契約のもととなっている具体的な事情の違い等にも配慮し、誠実な交渉等を行うことが求められていると考えられます。
A.Q1と同様、まずは締結済みの賃貸借契約にこれに関する規定がある場合には、原則として賃貸借契約の定めに従うことになります。
これに対し、賃貸借契約で関連する規定が定められていないケースでは、本年4月1日に施行された改正後の民法(以下「改正後民法」といいます。)が適用される賃貸借契約か、当該改正前の民法(以下「改正前民法」といいます。)が適用される賃貸借契約かで取扱いが異なると考えられます。
具体的には、改正後民法が適用される賃貸借契約については、改正後民法611条1項により、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益することができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、当然に減額される旨が定められています。したがって、改正後民法が適用される賃貸借契約について、賃貸借の目的物が「使用及び収益することができなくなった」(以下「使用不能」といいます。)といえ、かつ、そのことについて「賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」である場合には、賃料の減額が認められることになります。休業が全くの賃借人の判断により行われている場合には、「賃借人の責めに帰することができない事由によるもの」とはいえませんので、賃料の減額は認められないと考えられますが、休業が使用不能によるものであり、かつ、その使用不能が賃借人によるものではないといえる場合には、改正後民法611条1項により賃料の減額が認められることになります。もっとも、どのような状況が使用不能に該当するかについては、Q1に記載の不可抗力による履行不能の場合と同様、一律に線引きすることは困難であり、個別具体的なケースごとに検討することが必要になると考えられますし、そもそも、改正が施行された本年4月1日からの経過期間が比較的短いことから、改正後民法が適用される賃貸借契約の数は現時点ではまだ限定的であると思われます。
これに対し、改正前民法が適用される賃貸借契約については、改正前民法611条1項は、賃借物の一部滅失の場合にのみ賃料減額を請求できる旨が定められています。したがって、改正後民法が適用される賃貸借契約とは異なり、当然に賃料減額が認められることにはならないと考えられます(もっとも、Q1に記載のとおり、不可抗力による履行不能の場合には、賃借人は貸す債務が履行されない範囲で賃料の支払債務を免れることになりますので、実質的に見て賃料の減額と同じような効果が生じることはあり得ることになります。)。
また、上記の民法の規定以外にも、借地借家法32条1項は、賃借人に対し、一定の場合に賃料の減額を請求できる権利(以下「賃料減額請求権」といいます。)を定めているため、この賃料減額請求権を行使して減額を求めることも考えられます(なお、賃貸借契約が、定期建物賃貸借契約である場合には、賃料減額請求権が排除されている場合がありますので、締結済の賃貸借契約を特に確認することが必要となります。)。
賃料減額請求権による賃料減額が認められるには、現状の賃料が「不相当」であると判断されることが必要となり、その際には、例えば、以下のような要素が判断材料になるといわれています。
- ・土地若しくは建物に対する租税その他の負担の減少
- ・土地若しくは建物の価格の低下
- ・その他の経済事情の変動
- ・近傍同種の建物の借賃
- ・現行の借賃が定められてからの相当期間の経過
- ・当事者間の主観的個人的な事情の変化
- ・賃貸借契約締結当時の当事者間の特殊事情の解消
もっとも、この賃料減額請求権は、一時的な事象というよりは、ある程度の長期的なインパクトを持つ事情による賃料の相場の変動に対応するためのものであり、今回の新型コロナウイルスの感染拡大に起因する事象は、直ちに賃料の相場に影響するものとは言い難いことから、新型コロナウイルス感染症の影響により休業を余儀なくされたとしても、そのことで直ちに賃料が「不相当」と判断される可能性は低く、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う休業等を理由とした減額請求は現時点では認められがたいと考えられます。
ただし、新型コロナウイルス問題が長期化し、日本経済全体が沈下する等の影響が生じた場合には、日本の不動産市場における賃料相場もそれに伴い低下すると考えられますので、そうなった場合、現状の賃料が「不相当」と判断されることはあり得ると考えられます。
また、小売り・飲食等を中心に売上げが激減しているテナントもあり、商業施設等では売上げを基に賃料が決まっている面もありますので、商業施設等の賃料相場が下がる可能性もありますので、今後の動向如何によっては、賃料減額請求の余地はあり得るものと思われます。
なお、賃料減額請求権が行使された場合、減額されるのは将来の賃料であり、過去に遡って減額を請求できるものではない点に注意が必要です。
さらに、民法の一般的な解釈として、事情変更の原則・信義則の適用により、著しい経済事情の変動があった場合に、賃料の減額請求が認められる場合もあります。裁判例では、「経済情勢の大幅な変動等による貨幣価値の大幅な変動等定期建物賃貸借契約締結時において、契約当事者間において想定しえない事態が生じた場合であって、賃料を増減額することが契約当事者間の衡平に資する等特段の事情がある場合には、定期建物賃貸借契約であっても賃料の増減額を請求することができると解するのが相当である。」といった規範を示しているもの等があります。もっとも、この規範に該当する事例としては急なインフレ等が想定されていると思われ、実際に同裁判例では、東日本大震災による賃料相場の変動は上記の規範に該当しないと判断されていますので、新型コロナウイルス感染症の影響により休業を余儀なくされたとしても、そのことで直ちに事情変更の原則・信義則の適用により賃料の減額が認められる可能性は低いものと思われます。
A.Q1と同様、まずは締結済みの賃貸借契約にこれに関する規定がある場合には、原則として賃貸借契約の定めに従うことになりますが、賃貸借契約に特段の規定がない場合には、賃借人が支払猶予を求める権利は当然には認められず、賃料の支払猶予が認められるには、賃貸人と賃借人との間でその旨の合意が成立することが必要となります(Q1に記載の賃料の減額等が認められる場合には、賃料の支払猶予が必要となるケースは限定的と思われますので、減額等が認められないケースで特に賃料の支払猶予が必要となるケースが多いものと考えられます。)。
しかしながら、新型コロナウイルス感染症の影響による売上減少は、一過性のものである可能性も相応にありますから、当該売上減少の影響が去った後に賃借人から賃料の支払を受けることができ、最終的に損失が生じないこととなるのであれば、賃貸人としては、賃料の一時的な支払猶予を許容してでも、現状の賃借人との賃貸借契約を継続することが中長期的に見て利益になる場合もあると考えられます。
また、国土交通省は、令和2年3月31日付で、不動産関連団体を通じて、賃貸用ビルの所有者など飲食店をはじめとするテナントに不動産を賃貸する事業を営む事業者に対し、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、飲食店等のテナントの賃料の支払いについて、賃料の支払いの猶予に応じるなど、柔軟な措置の実施を検討するよう要請しており、該当する賃貸人には、この要請も考慮した対応が求められていることも考慮する必要があります。
そのため、新型コロナウイルス感染症の影響により当然に賃料の支払猶予が認められるものではないとしても、賃貸人に対して協議を申し入れ、新型コロナウイルス感染症の影響が収束した後に賃料の全部又は一部の支払期日を延期することについて協議することは、賃借人にとって有益と思われます。なお、その際には、賃料の支払いを特定の期日に一括とするのではなく、賃貸借契約の残存期間の月数等に応じて分割払いとする旨を合意し、新型コロナウイルス感染症の影響が収束した後の資金繰りが過度に厳しいものとならないように考慮した条件を合意することが、賃借人としては重要となると考えられます。
Q1.〜Q3.担当 石橋源也弁護士、大山豪気弁護士
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A.事業者が個人か法人のいずれであるかにより、それぞれ以下のとおり整理されますが、国税・地方税ともに、申告期限の延長・納付の猶予等が柔軟に認められる状況にありますので、所轄税務署や地方公共団体の窓口にお問い合わせ下さい。
-
(1)個人事業者の場合(国税)個人事業者における所得税(所得税及び復興特別所得税。以下同様。)及び消費税(消費税及び地方消費税。以下同様。)の本来の申告期限は2020年3月16 日でしたが、新型コロナウイルス感染症及び緊急事態宣言の影響により同年4月16日まで期限が延長されていました。
国税当局は、2020年4月17日以降の申告・納税についても柔軟に期限延長等を認める姿勢を示していますので、申告・納税を直ちに行えない事情がある場合は、事前予約の上、所轄税務署に相談するのが相当と考えられます。
なお、納税の猶予については、本来、担保提供の上、延滞税を支払う必要がありますが、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における税制上の措置」として、令和2年2月以降任意の期間(1か月以上)において、事業等に関する収入が前年同期に比べて概ね20%以上減少しているなどの要件を満たす場合には、納税猶予における担保提供及び延滞税の支払いを不要とする方向での税制改正が予定されています。
-
(2)法人事業者の場合(国税)法人事業者における法人税(法人税及び地方法人税。以下同様。)及び消費税の申告については、本来的には事業年度末から2か月以内に、株主総会において決算を確定したうえで税務申告を行う必要がありますが、新型コロナウイルス感染症及び緊急事態宣言の影響により株主総会を開催できないなどの事情がある場合には、申告期限の延期が認められます。
ただし、単に株主総会を開催できないことを理由とする期限延長については、法人税においてしか認められていないこと(法人税法第75条、地方法人税法第19条第5項等)、当該理由による期限延長については利子税が発生すること、及び、少なくとも法令上は、事業年度末から45日以内の延長申請が求められていることに注意が必要です。
-
(3)地方税(事業税・住民税等)の取扱い総務省からの指導により、地方税における申告期限や納税猶予についても、国税と概ね同様の対応になりますが、最終的な判断等は、課税を行う地方公共団体においてなされますので、詳細については本社・事業所等が所在する地方公共団体のホームページをご覧いただくか、担当部署に個別にお問い合わせいただくのがよいと考えられます。
ご参考まで、以下では東京都主税局における取扱いが記載された URL を表示します。
ご参考
<国税庁>
*4月17日(金)以降の申告・納付の対応について(個人)
*法人税及び地方法人税並びに法人の消費税の申告・納付期限と源泉所得税の納付期限の個別指定による期限延長手続に関するFAQ(法人)
*新型コロナウイルス感染症の影響により納税が困難な方へ
*国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ
<財務省>
*新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における税制上の措置
<総務省>
*新型コロナウイルス感染症の影響に伴う地方税における対応について
<東京都主税局>
*【法人事業税・法人都民税】新型コロナウイルス感染症の影響により期限までに申告等をすることが困難な場合の手続について
*【事業所税(23区内)】新型コロナウイルス感染症の影響により期限までに申告・納付等をすることが困難な場合の手続について
A.法人税法においては、新事業年度開始から3か月経過した時点以降の事業年度途中に毎月の定額の役員報酬を減額した場合には、減額部分につき損金不算入となり、支払済みの月額役員報酬のうち減額後の月額役員報酬額との差額に相当する部分が課税対象になってしまうのが原則です。
ただし、例外的に、「経営状況が著しく悪化したことなどやむを得ず役員給与を減額せざるを得ない事情」(業績悪化改定事由)がある場合には変更後も役員報酬の損金算入が認められます。
ここでの業績悪化改定事由には、現状では売上などの数値的指標が悪化しているとまでは言えないものの、役員給与の減額などの経営改善策を講じなければ、客観的な状況から今後著しく悪化することが不可避であるような場合も含まれるものと解されています。また、当該事由の判断については、経営状況の悪化の程度が著しいものとは直ちに判断できない場合でも、第三者である利害関係者(株主、債権者、取引先等)との関係上、役員給与の額を減額せざるを得ない事情が生じている場合(例えば、金融機関とのリスケージュール交渉の前提として必要性がある場合)も含まれるものと考えられています。
したがって、このケースにおいても、税務リスク検証の観点からは
- ①企業において、新型コロナウイルス感染症及び緊急事態宣言の影響を踏まえ、役員給与の減額等といった経営改善策を講じなければ、客観的な状況から判断して、急激に企業の財務状況が悪化する可能性が高い状況であるのか
- ②株主、債権者、取引先との関係で役員報酬の減額が必要であるのか
なお、特に①を理由に役員報酬を減額される場合には、事後の税務調査等に備え、企業経営上の数値的指標の著しい悪化が不可避と判断される客観的な状況としてどのような事情があったのか、経営改善策を講じなかった場合のこれらの指標を改善するために具体的にどのような計画を策定したのか、といったことを説明できるようにしておくことが重要です。
ご参考
<国税庁>
*国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ(5 - 問6,問7参照)
*役員給与に関するQ&A(平成24年4月改訂)(Q1,Q1-2参照)
A.まず、支払いを受ける従業員側では、①は給与所得として所得税の課税の対象になりますが、②については非課税となります。
次に、企業側については、法人税との関係では①及び②はいずれも損金(費用)として取り扱われる一方、源泉所得税との関係では、給与所得に該当する①のみが源泉徴収の対象となります。
休業等に関する給与支払義務等に関する整理については、人事・労務Q3「感染拡大と休業」を併せてご参照ください
ご参考
<国税庁>
*タックスアンサー NO.1905-労働基準法の休業手当等の課税関係
A. 国内企業が、国内外の取引先等に対して合意済の販売価格の引き下げを行った場合、その減額したことに合理的な理由がなければ、差額については、原則として、相手方に対して寄附金又は交際費を支出したものとして税務上取り扱われることになり、一定の限度額を超える部分について課税されるリスクが発生します。
しかしながら、国内企業の行った引き下げが、例えば、次の条件を満たすものであれば、合理的な理由があるものとして、寄附金等の支出とは評価されないものと考えられます。
- ① 取引先等において、新型コロナウイルス感染症に関連して収入が減少し、事業継続が困難となったこと、又は困難となるおそれが明らかであること
- ② 販売価額の引き下げが、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、そのことが書面などにより確認できること
- ③ 販売価額の引き下げが、取引先等において被害が生じた後、相当の期間(通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間)内に行われたものであること
一方、国内企業が海外子会社との既存の販売価格を引き下げた場合には、一般には国内企業側での移転価格税制の問題となります。また、海外子会社側においても既存の販売価格の引下げに起因して所得が増加する結果、所得課税を受けることになるほか、別途、輸入価格の相当性を巡る関税の問題が発生する可能性があります。こうした課税の問題に対処できるよう、企業・海外子会社において、販売価格引下げの理由及びその合理性等について、客観的資料をもって説明できるように準備しておくことが重要と思われます。
ご参考
<国税庁>
*国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ(「5」の問4参照)
*法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)
Q1.~Q4.担当 嘉納英樹弁護士、下尾裕弁護士
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A.2020年3月24日、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(「東京2020組織委員会」)は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を理由に、国際オリンピック委員会(「IOC」)との協議を踏まえ、第 32 回オリンピック競技大会及び東京 2020 パラリンピック競技大会(「東京オリンピック」)の延期を発表しました。
また、2020年4月16日、東京2020組織委員会は、2021年夏に東京オリンピックを開催するプロセスについては、コーツ IOC 委員長と森東京 2020 組織委員会会長が率いる、ジョイント・ステアリング・コミッティーによって統括されると発表しました。
東京オリンピックの延期の主たる法的影響としては、関連当事者が締結している契約の取扱い・協議・調整が挙げられます。
まず、東京オリンピックは、これに直接又は間接に関与するIOC、各国国内オリンピック委員会(NOC。日本オリンピック委員会を含みます。)、東京2020組織委員会、各国際競技連盟(IF)、国内競技連盟(NF)、各国政府機関、東京都、スポンサー、サプライヤー・ベンダー、広告代理店、メディア(放送局等)、保険会社、旅行関連会社(代理店、ホテル、航空会社等)、アスリート、観客その他の国内外の多数の当事者が、開催都市契約、スポンサー契約、ライセンス契約、放映権契約、チケット契約・規約、広告契約、保険契約、旅行契約、売買・製造委託・サービス契約その他の多様な契約(「オリンピック関連契約」)を締結し、それらを履行することによって実現する一大イベントです。
オリンピック関連契約は、一般的な契約から、オリンピックの特殊性を踏まえた契約まで多岐にわたります。 例えば、開催都市契約 2020や東京 2020 チケット購入・利用規約はオリンピックに固有の契約ですが、その内容が公表されています。
オリンピックは、歴史上、戦争を理由として中止又は延期となった 5 大会を除き、1948 年以降中止又は延期となっていないことにも鑑み、各オリンピック関連契約は、必ずしも東京オリンピックの延期を具体的に想定して規定されていないことが多いと考えられます。
そのため、各契約を延期後の東京オリンピックのために存続させるとしても、延期その他の理由で終了させるとしても、契約及び適用のある法令の解釈を踏まえた当事者間の協議による調整が欠かせません。
まず、契約を存続させる場合、双方当事者の履行すべき義務の変更の要否・内容、既発生分・延期に伴う追加分の費用の負担・支払時期、再延期のリスク分担等、必要に応じて、多岐にわたる事項が協議対象になると考えられます。
また、契約を終了する場合、不可抗力(新型コロナウイルスの感染拡大及びそれに伴う東京オリンピックの延期)による債務不履行責任の免責・契約解除・損害賠償請求の可否、既発生分・将来分の費用負担、保険による回収の可否等、状況に応じて、多岐にわたる事項が協議対象になると考えられます。
一方、既存の契約当事者以外でも、延期に伴い、新たな事業者との契約締結、既に東京オリンピック後に予定されていた事項(選手村跡地の活用、競技場等の施設におけるイベント等)の関係者との調整等が必要になると考えられます。
そうした協議・調整の過程で、契約の一方的解除・損害賠償請求、関連事業者の変更、関連事業者の倒産、選手選考等が紛争の火種となるおそれがあり、東京オリンピックの延期という不測の事態において紛争化をいかに抑止していくかという視点も重要となります。
以上の通り、延期後の東京オリンピックを円滑に実現するためには、関係当事者が契約その他に関する諸問題に取り組み、速やかに延期後に対応した契約その他の手当てを行うことが望まれます。 自らが当事者・関係者である取引が東京オリンピック延期の影響を受け得る場合、まずは、当該取引に関する契約書等を確認し、東京オリンピック延期によってどのような法的効果が生じ得るか、対応が必要となるかを検討することが出発点となります。
A.2020 年 3 月 25 日、IOC 及び東京 2020 組織委員会は、延期後の東京オリンピックにおいても大会の名称は「東京2020(TOKYO2020)」の利用を継続することを発表しました。 そのため、スポンサー契約等に従って関連事業者が使用できる商標は、基本的には延期前と同じものに限定されるものと考えられます。
なお、大会名称(TOKYO2020)を含む様々な商標が東京2020組織委員会やJOCによって商標登録されていますが、延期後の大会を想起させる「TOKYO2021」の商標について、既に東京 2020 組織委員会を含む複数人から出願がされ、手当てがされつつあります。
また、オリンピックを想起させる広告等については、引き続き、商標法、不正競争防止法、著作権法等の法規制に抵触しないよう留意する必要があるほか、いわゆるアンブッシュマーケティング(便乗商法)に該当するおそれがあるため注意が必要です。
アンブッシュマーケティング(便乗商法)とは、一般的に、オリンピック・パラリンピックなどのイベントにおいて、スポンサー契約を結んでいない者が、当該イベントのロゴなどを無断で使用したり、会場内や周辺で当該イベントに便乗したりして行う宣伝活動をいいます。イベント主催者がアンブッシュマーケティングを規制する主な目的は、イベントに関する知的財産権の使用についてのスポンサー等の独占的な権利(スポンサーシップ、ライセンシング等)を保護し、ひいてはスポンサーによる協賛金等の収入によりイベントを運営するビジネスモデルを保護することにあります。
日本の法令上、アンブッシュマーケティングを直接的に定義、規制するものはありませんが、東京 2020 組織委員会は、アンブッシュマーケティングを「故意であるか否かを問わず、団体や個人が、権利者である IOC や IPC、組織委員会の許諾なしにオリンピック・パラリンピックに関する知的財産を使用したり、オリンピック・パラリンピックのイメージを流用すること」と定義し、これを規制しています(東京2020組織委員会「Brand Protection Guidelines 大会ブランド保護基準 Version 5.0 February 2020」)。大会ブランド保護基準については、延期決定後も現時点では改訂はなされていませんが、延期に伴う改訂が今後行われる可能性があります。
Q1.~Q2.担当 松本拓弁護士、小野愛菜弁護士
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