近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。
本特集では、SDGsに関する当事務所の取組をご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。
本特集の第11回では、慶応義塾大学法務研究科(法科大学院)の青木節子教授にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。
※インタビュー実施日:2023年6月27日オンラインにて実施。
【第11回】慶応義塾大学・青木教授と宇宙とサステナビリティについて考える
(慶応義塾大学法務研究科(法科大学院)・青木節子教授×パートナー弁護士・清水亘&アソシエイト弁護士・山田智希)
目次
Q1:宇宙法との出会い
山田本日は大変お忙しいところ、貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます。宇宙法分野の第一線にいらっしゃる青木先生のお話を伺えるということで、とても楽しみにいたしております。まず、自己紹介を兼ねて、先生のご経歴と現在のお仕事について、簡単にお話しいただけませんでしょうか。
青木氏本日は、貴重な機会をいただきました。ありがとうございます。私は、大学の教員としては、平凡なコースを歩んで参りました。少し違うところがあるとしますと、大学院の途中で、職を得る前に外国の大学院に留学しているところかと思います。
私は慶應義塾大学の法学部法律学科の出身です。大学院に入ったころは、真剣に研究者になりたいとまでは考えておらず、調べものは好きでしたので、少し興味のあった国際法について調査をしてみたいという程度でした。国家管轄権や海洋法などを研究対象として考えていたのですが、留学が転機になりました。
修士2年のときに、カナダ大使館が募集していたカナダ留学奨学金に応募しましたところ、幸運にも合格したのです。ただし、カナダに関する研究をすることが留学の条件で、イヌイット、カナダ海洋法、英国の一部から自立していく過程のカナダの国際法主体性問題、宇宙法などが研究対象の候補でした。当時、アメリカにもまだ宇宙法研究所や宇宙法をメインにしている学部はなかったのですが、ケベック州モントリオールにあるマッギル大学McGill Universityには、法学部に付属する航空宇宙法研究所 Institute of Air and Space Law があり、航空宇宙法を講じる学科がありました。このマッギル大学は、博士課程まで学生を受け入れていましたので、北米のパリとも言われるモントリオールに行ってみたいと思い、博士論文のテーマを宇宙法に決めました。
当時既に、国際宇宙ステーションを作る計画がありましたので、その中での管轄権の問題、例えば、「アメリカのモジュールの中で、フランス人飛行士が日本人飛行士を殺したらどうなるのか?」というような問題を研究したいという計画書を書いて、カナダに留学いたしました。最初の1年は航空宇宙法を中心にはしつつ、カナダ憲法なども含め普通のロースクールのように多くの法律科目を履修しました。これは博士論文を書くための要件でもありました。ところで、いざ博士論文を書く段になってみますと、1人1テーマという決まりがあり、先に宇宙ステーションで博士論文を書いている人がいましたので、私は、他のテーマを選ばざるを得なくなりました。ところが、当時、日本人に対する風あたりは厳しく、加えて英語を上手く話せない私の指導教授になってくれる方はなかなかいませんでした。それでも、宇宙の安全保障を研究していた、ユーゴスラビア出身のイヴァン・ブラシック教授が、「仕方がない、私が指導教授になってあげよう」とありがたくおっしゃってくださって、宇宙の安全保障問題について博士論文を書きました。
これが私の宇宙法との出会いなのですが、本当に偶然で、宇宙に興味があったわけでも、宇宙が好きだったわけでもありません。また、博士論文のテーマが好きだったのかというと、指導教授の専門との関係で選んだにすぎず、実は、嫌々の側面がありました。軍備管理関係の話題が多く、核戦略の問題やSDI(Strategic Defense Initiative)-所謂「スターウォーズ」の問題-など、法解釈の面白みのあるところと離れたテーマと当時は感じていましたので、こんなことで良いのだろうか、と思いながら、博士論文を書き、日本に戻って参りました。
山田なるほど。人生は分からないものですね。
青木氏はい。日本へ戻ってからは、最初は立教大学で助手として2年間務め、その後、防衛大学校で5年間、国際法の教官を務めました。1999年、慶應に教員として戻り、2016年4月に法務研究科に異動するまでは、湘南藤沢キャンパス(SFC)におりました。宇宙法の需要はなかなかありませんでしたので、授業で担当することはできず、SFCでは、一般的な国際法、国際環境法、安全保障関係法などを教えつつ、ゼミの1つで宇宙法を取り扱っていました。それでも、宇宙には夢がありますし、SFCには新しい分野に興味を持つ人が多いので、当時のゼミ生には、宇宙関係の企業に行ったり、JAXAに行ったり、色々な形で宇宙にかかわっている人たちがかなりの数います。とても嬉しいことです。
現在は、法務研究科では、司法試験用の国際関係法(公法系)などを、2016年に新設された英語のみで教育を行うLLMコースでは、International Law、Introduction to Space Law、International Security Lawなどを担当しています。また、2012年度に設置された法学研究科の宇宙法専修コースの教育にも関わっています。宇宙法専修コースから若い学生を宇宙業界に送り出すことが今の私の生き甲斐です。
山田政府関係のお仕事はいかがでしょうか?
青木氏2002年から、政府関係の仕事にも携わっております。2002年に厚生労働省の感染症分科会委員となり、その後、経済産業省の安全保障貿易小委員会や文部科学省の宇宙開発委員会などに委員として参加いたしました。感染症分科会では、最初の年に動物由来感染症、ほどなくして重症急性呼吸器症候群(SARS)関連の規制問題などが生じ、国際基準の国内受容の問題など興味深い論点の実務を観察することができました。2012年から10年間は、宇宙政策委員会の委員を務めさせていただきました。宇宙政策委員会では、宇宙基本計画策定、宇宙二法検討の現場に立ちあうことなど、得がたい機会をいただきました。
2012年1月からは、慶應とJAXAとの宇宙法の共同研究が始まりました。法学研究科の下に設置される宇宙法研究センターで共同研究を行っています。また、2012年4月からは、法学研究科の公法学専攻コースに宇宙法専修コースという、宇宙法だけを勉強して修士号を取れるコースができました。このコースは10年以上続いていまして、例えば、本年度(2023年度)の場合、二年生が3人、一年生が2人いて、ちょうどよい人数で学問ができています。この宇宙法専修コースの卒業生は、8割くらいがその後も宇宙関係の仕事に就いていて、嬉しく思っています。
様々なご縁で宇宙に触れ、非常に恵まれた研究者・教員生活を送ることができたと思っていますので、それを次の世代につないでお返ししたい、人材育成というほど僭越なことは申し上げられませんが、私のできることを伝えていき、つなげていき、だんだん裏方に回っていきたい、と考えております。
山田ありがとうございます。先生は国連関係のお仕事もなさっていらっしゃると思いますが、そのあたりも、可能な範囲でご教示いただけないでしょうか。
青木氏はい、宇宙空間平和利用委員会(The Committee on the Peaceful Uses of Outer Space:UNCOPUOS)は、1959年に正式に国連総会の下部機関となりましたが、日本は当初からのメンバーであり、かつ、中心的なメンバーの1つであり続けているといって良いと思います。国連の仕事、というより外務省の仕事という方が正確だと思いますが、私は、2002年から、このUNCOPUOSの法律小委員会(法小委)の日本代表団のメンバーに加えていただきました。
タイミング的に良い時期だったと思いますのは、当時、日本代表団みんなが張り切っていたからです。ちょうどそのころに日本代表団のメンバーほぼ全員の顔ぶれが変わったのですが、私はもちろん初めての経験に圧倒されつつ希望いっぱいでしたし、JAXAから法律小委員会に出張した人、各省庁から出張した人など、みんな若く、元気がありました。私が代表団の一員に加えていただく前には、例えば、山本草二先生が宇宙諸条約作りに参加なさっていた時期などがありましたが、その後は、かなり長い間、研究者の参加は必要ないと思われていました。
ところが、21世紀に入るころに、衛星に抵当権類似の担保物権をつけることにより資金調達を容易にしようとする宇宙資産議定書の作成がローマに所在するユニドロワ(UNIDROIT)という独立した国際機関で行われるようになると状況が変わってきました。もしそういう条約ができたならば、国連の宇宙諸条約が定める管轄権・管理制度とは齟齬が生じる可能性が高く、どのような調整が必要になるのか、という非常に法技術的な問題が生じます。そのため、UNIDROITで議論中の宇宙資産議定書と宇宙諸条約の関係検討がUNCOPUOS法小委の議題となりました。そこで、研究者も必要だということになって、私が参加させていただいたのです。私にとって初めての経験でしたが、そのころ出張し始めた他の人たちも新しい人が多く、みんなで一生懸命に、日本の存在感を高めたいという志を持ってがんばりました。
山田なるほど。絶好のタイミングだったわけですね。
青木氏はい。そのような中で、そろそろ日本からも議題を提案してはどうか、ということになり、2011年に「非拘束的な国連文書(ソフトロー)が、どのように国内実施されているのかを調査する」という議題を日本が提案しました。中国などの反対で法律小委員会会期中には議題にすることはできなかったのですが、その年のUNCOPUOSの本委員会で翌年以降の法小委の議題とすることに成功しています。ただ、議題にはなったのですが、1年限りの議題(Single Year Issue)という形で、当初日本が求めていた多年度議題とはなりませんでした。
Single Year Issueは、翌年開催の次の会期だけは議題であることが保証されるのですが、その次の年にどうするかは、次会期で改めて決めなければならない。ですから、最初の数年間は、実質的な議論というよりは、議題を維持することの方が大変で、「こんな議題はいらない」という国に対して、「なぜ、この議題が必要なのか」ということを説明して、議題を防衛しているような感じでした。時間を経るにつれて、味方は米国や欧州諸国だけではなくなりました。次第にこの議題の必要性が認められてきて、いまではもはや、なくてはならない伝統的ともいうべき議題になりました。「この議題はいらないからやめよう」という国はもはやなくなり、本当に長く続いています。
Q2:宇宙とサステナビリティの概観
清水ありがとうございます。ちょうど、SDGsが話題になったところで、宇宙とサステナビリティに関するお話に進めさせていただければと思います。一見、宇宙とサステナビリティはどこでつながるのだろうと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、宇宙とサステナビリティに関して、大きく見たときに、どのような問題があるのでしょうか?
青木氏宇宙とサステナビリティは、いまや重要な問題です。多くの方がご存じのとおり、最大の問題は、いわゆるスペースデブリspace debris、宇宙ゴミです。スペースデブリは、軌道上にある不要な人工物体ですが、衛星攻撃との関係でも問題となります。
それから、周波数の問題もあります。各国が使用する周波数や静止軌道(地上から約36,000キロメートルの高度にあり、そこに衛星を配置すると地球の自転と同期して周回するため、地上からは常に止まっているように見える)位置の調整はITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)で議論されています。、ITU憲章でも周波数や軌道は「限られた天然資源」と位置付けられ、その有効活用は、宇宙のサステナビリティにおいては重要な問題です。ITUを通じた各国の衛星軌道位置の調整はより混雑する静止軌道のみですから、かつては静止軌道だけが「限られた天然資源」と扱われていましたが、2002年のITU憲章改正で、低軌道、中軌道などを含むすべての軌道がやはり「限られた天然資源」と規定されるようになり、合理的、経済的、公平な利用が義務づけられるようになりました。宇宙のサステナビリティを保つためにも、適宜、法改正を行っている1つの例といえます。
清水なるほど。Space2030アジェンダとの関係は、いかがでしょうか?
青木氏2021年の国連総会で採択されたSpace2030アジェンダは、宇宙を地球社会のサステナブルな発展の原動力と捉え、宇宙と地球の環境を守ることができるような形で宇宙活動を行うことの大切さを訴えています。Space2030アジェンダは、どこの国も宇宙にアクセスできるようにすること、宇宙技術で環境を守り、災害の軽減を図ること、さらに宇宙を利用した経済活動-宇宙経済-を発展させることなどをめざす、というやりかたで科学技術の発展をうまく利用していくことを2030年までに達成すべき目標としてします。そして、そのためには適切な法制度の構築が重要であるととらえ、Space Diplomacyの重要性にも触れています。Space Diplomacyとはサステナブルな宇宙活動を行うためのルール作りのためのより望ましい過程、および成立するルールなどを示す言葉で、宇宙のガバナンスといいかえてもよいだろうと思います。
Q3:スペースデブリとサステナビリティ
山田なるほど。宇宙とサステナビリティには色々な切り口があるのですね。先生が特にご関心をお持ちなのは、どのような問題でしょうか?
青木氏はい、第1にスペースデブリの問題です。宇宙とサステナビリティという観点では、宇宙活動と宇宙環境の保護を両立することが大切なのですが、スペースデブリの問題は、この両立を脅かしています。
宇宙に関心のある方であればどなたでもご存じだと思いますが、2010年代の終わりから、アメリカSpace X社によるスターリンク衛星群の打上げによる爆発的な衛星数増加によって、低軌道の環境が一変してしまいました。「低軌道」の法的な定義はありませんが、一般的には高度2,000キロメートルより下の軌道と考えられています。Space X社の打上げ活動によって、この低軌道の宇宙物体が毎年1,500基以上増えています。Space X社に続き衛星群構築を行おうとしている国や企業がかなりの数ありますので、今後、宇宙の軌道の環境保護は、さらに困難になります。非常に難しい問題です。
スペースデブリは、Space X社の活動で問題がより深刻となりましたが、もう少し俯瞰してみますと、宇宙での活動国が増えてきたことと関係しています。今では、70ヶ国以上が国として衛星を保有していますし、民間の商業主体による活動がどんどん増えてきています。宇宙での活動が増えることは望ましいことと考えられてはいますし、地上に富や利便性などの便益はもたらしているのですが、活動がさかんになるにつれて宇宙が汚れてしまいました。
山田宇宙が汚れてしまった?
青木氏はい、宇宙は、デブリの大部分を占めるアルミニウムの破片によっても汚れていますし、ロケットからのスス、衛星やロケット上段に付着する地球由来のウィルスなどによっても汚れてきています。次第に汚れていく宇宙の環境保護が大切になってきますから、宇宙活動を発展させ地球の生活のサステナビリティを保証することと宇宙環境保護をどのように調和するのか、が難しい問題なのです。
また、宇宙での武力紛争の現実的な可能性が高まってきたことによって、環境保護だけでなく、安全保障的な面からも、宇宙のサステナビリティに対する不安定さが露呈しつつあると思います。宇宙における安定や安全保障の追求と富の追求とを、どのように最適解を見つけて調整していくのか、非常に難しい問題だと思っています。
山田ありがとうございます。いくつかご示唆をいただきましたが、先ほど挙げていただいたスペースデブリに関して、いま、世界的にどのような取り組みがなされていて、今後、どのようにルール作りが進んでいくのかについて、先生のお考えをご教示いただけないでしょうか?
青木氏スペースデブリに関して、現時点で、各国が必ず守らなければならない法的拘束力のあるルールはありません 。ただ、現在でも宇宙活動の中心主体は多くの国では宇宙機関ですが、宇宙機関の間での拘束力のない取り決めとして、「IADCスペースデブリ低減ガイドラインIADC Space Debris Mitigation Guidelines」があります。IADC (Inter‐Agency Space Debris Coordination Committee)は、宇宙機関間スペースデブリ調整委員会と訳されたり、国際スペースデブリ調整委員会と訳されたりします。このIADCのルールが、宇宙先進国を中心に制定されている国内宇宙法における許認可の要件の中に組み込まれるという形で、最終的には拘束力をもち、スペースデブリの低減が図られているのです。UNCOPUOSの「スペースデブリ低減ガイドラインSpace Debris Mitigation Guidelines of the Committee on the Peaceful Uses of Outer Space」は、国連総会決議ではありませんが、国連総会がエンドース(endorse)しており、その意味では技術ガイドラインとしてのIADCガイドラインよりは重みのある文書です。しかし、UNCOPUOSのスペースデブリ低減ガイドラインは簡潔な文書で、実際のデブリ低減の実務には不十分なものであるため、このガイドラインの末尾で、各国は、IADCガイドラインに即した取り組みを行うよう促しています。デブリ低減ガイドラインに基づく実行がどの程度成功しているのかを科学的に評価する能力は私にはありませんが、例えば、NASAのOrbital Debris Quarterly News(ODQN)や、ヨーロッパ宇宙機関(European Space Agency:ESA)が出している記事などを見ますと、一定以上の効果はあるのだろうと思います。
もっとも、過去約60年かけて8000基の衛星が打ち上げられてきたところ、いまでは毎年1500基を超える衛星が打ち上げられるようになりました。去年(2022年)は、低軌道だけで1500基以上の衛星が打ち上げられました。今後、数年ごとに過去60年間と同じくらいの数の宇宙物体が宇宙空間に導入されていくはずです。そうしますと、スペースデブリへの対応は、IADCのルールの自発的実施に依存するこれまでのやり方では、まったく追いつかいないだろうと考えています。
そこで、現在、スペースデブリを低減する方法の開発だけでなく、ルールの見直しも提案されています。例えば、アメリカは、役目を終えた低軌道の人工衛星は25年以内に大気圏内で燃え尽きるように軌道離脱を行うべきとするIADCの「25年ルール」を、より厳格化して、5年以内にとしました。。世界的にも5年ルールを広めようとしていますが、ルールを厳格化しますと、新興宇宙活動国はそれを守ることが難しくなります。そこで、ルールの厳格化と同時に、新興宇宙活動国に技術支援をして、世界中でデブリを低減できる技術が共有されるようにする必要があります。
しかし、こうした動きを制度化するための仕組みもなければ、各国が納得する土壌もないのが実態です。宇宙活動を始めたばかりの国は、長年デブリを排出してきた国のみが厳格なデブリ除去ルールに従うのが公平だと主張することもあります。、CO2などの温室効果ガス削減の場合と同じような南北問題、「共通だが差違ある義務」の主張が宇宙でも起きているのです。解決策はすぐには見つかりませんが、そうした問題意識を背景として、UNCOPOUS本委員会は、2019年に「宇宙活動の長期的持続可能性(LTS)ガイドライン The Guidelines for the Long-term Sustainability of Outer Space Activities:LTS Guidelines」を採択しました。日本としては、このLTSガイドラインの実施細則を決める過程で貢献し、APRSAF(アジア・太平洋地域宇宙機関フォーラムAsia-Pacific Regional Space Agency Forum)において、デブリの低減がいかに世界の宇宙活動にとって重要なのかを説明し、低減実施方法を技術移転するなどし、デブリ低減に向けて一緒に活動するという形で各国の納得を得る形で、デブリ低減に向けたルールを少しずつ修正していくしかないのだろうと思います。
山田ありがとうございます。国際的なルールメイキングはなかなか容易ではなく、各国の納得や理解が必要だということがよく分かりました。
Q4:宇宙汚染・地球汚染とサステナビリティ
山田ところで、ルールメイキングとの関係では、先ほどお話のあった宇宙汚染や、宇宙から地球に戻ってくる物体による地球汚染をどのように防ぐのかに関するルールの策定も、今後の重要な課題ではないかと思います。このあたりについては、COSPAR(国際宇宙空間研究委員会Committee on Space Research)で議論があると理解しているのですが、いかがなものでしょうか?
青木氏COSPARは、研究者団体であって、国際機関ではありません。それでも、確かに、COSPARの基準をもとに各国の宇宙機関が基準を作り、各国の国内で実施するという形が取られていますから、COSPARは、宇宙から地球・地球から宇宙の汚染の軽減に関する唯一のルール作成者としての役目を果たしていると思います。
COSPARがUNCOPOUSをはじめとする国際的な場に対して恒常的に情報を提供していることや、各国の宇宙機関の関係者がCOSPARに参加していることが幸いして、COSPARのルールがいまのところは上手く機能しているのだろうと思います。 ただ、これもまた、多くの国や商業主体が有人宇宙探査や有人宇宙ビジネスを始める場合にも、いまのままでよいのかというと、議論の余地があります。
個人的には、COSPARと国連とのつながりをより直接的なものとし、学術研究団体の提案する単なる基準ではなく、法的拘束力はないとしてもより政治的な意味での拘束力のあるルール、つまり、国連がお墨付きを与えたガイドラインくらいの地位を与える必要があるのではないか、と思っています。国内実施方法などをきちんと書き込んであるガイドラインであれば、条約である必要はないと思います。条約にはそれなりの不便さもあります。仮にあまり厳しいルールを含む条約が採択されてしまいますと、その後、新しい技術が開発されて、もっとコストをかけずに、もっと簡単な方法で、汚染を防ぐための同じ成果を出すことができるにもかかわらず、条約を改正しなければ、それができないということにもなりかねません。条約の改正には加盟国の合意が必要で、多くの場合、条約の改正は難航を極めます。そこで、あくまでも、法的な意味では国際法上の拘束力のないソフトローの形に留めておく、それでも、国内法上の拘束力はある、という、難しいのですが、そういうバランスの取れた状態を保っておくことが必要だろうと考えています。
山田ありがとうございます。ソフトローにも色々あると思いますが、ルールをどのように位置付けるのかという点が今後の課題だ、ということが大変よく分かりました。
Q5:宇宙のサステナビリティとソフトロー
山田これまで伺ってきた宇宙活動自体のSDGsや宇宙空間のSDGに加えて、サステナビリティのために宇宙を活かしていくというSpace Supporting the SDGsの発想も登場してきていると思います。そのような発想から、今後、国として、企業として、どのような観点や配慮が求められるとお考えでしょうか?
青木氏最近では、例えば、宇宙ステーション内部でのジェンダー問題というようなことを議論する会合などがあります。また、月に恒常的に、一定期間、人間が住むようになったときに人権問題をどのように考えるのか、についても話し合われるようになってきています。ですから、地上で我々が抱えている問題――環境であったり、開発であったり、人権であったり、安全保障であったりという問題――の根幹部分は、宇宙活動においても適用されると考えて、宇宙活動計画を策定していかなければいけないのだろうと思います。
ただ、宇宙空間は物理的に地球と大きく違いますので、地球上と同じように、個人の自由が認められるかというと、そうではありません。宇宙ステーションにおける司令官は、ある意味で、独裁者のようにならないと、宇宙ステーションに滞在する人たちの安全を守れないかもしれないからです。そこで、宇宙空間で、人間が活動し、居住する、あるいは、ロボットが運行し続ける、そのような場面で何が起きるのかということの研究が大切なのだと思います。そして、やはり、地上で我々が築き上げてきた自由や平等、正義をなるべく実現していく工夫が必要になるのだろうと思います。
宇宙でのジェンダー問題、宇宙でのLGBT問題はどうなるのか、という議論を聞いていますと、蒙を啓かれます。これからは、宇宙においても、単に技術を開発したり安全を追求したりするだけではなく、もっと哲学的な側面や人文科学的な側面の研究が必要なのだろうと思います。それを法の形で実現していくのが、これから宇宙に携わる法曹のみなさんの役割なのではないでしょうか?難しいですが、面白い時代になったと思います。
山田なるほど。宇宙空間が特殊な空間だからこそ、ジェンダーやLGBTが現実問題として浮かび上がってくるのかもしれませんね。非常に興味深いお話だなと思います。
Q6:まとめ
山田最後に、先生がお考えになっている宇宙に関連する活動や今後の展望があれば、お聞かせください。
青木氏個人的なことになりますが、世界の40人ぐらいの研究者たちと一緒に、7年近く、年に3、4回、あちこちの都市で議論をして作り上げた、宇宙の軍事利用についてのマニュアル、通称MILAMOS(the Manual on International Law Applicable to Military Uses of Outer Space )のルールが昨年(2022)公表されました。52のルールからなります。基本的なルールはできましたが、まだ、その解説書commentary部分は編集の最中です。
MILAMOSは、長期間にわたって議論され、非常に多様な国家体制、様々な法体系の研究者や軍人の間での政治的に異なる意見が含まれていますので、解説書の編集は難航しています。これまでの議論の過程の全資料をもとに、プロジェクトの代表者であるカナダ・マッギル大学のラムジャクー教授と彼のお弟子さん2人と私とで、毎週Webでつないで編集作業を行っています。モントリオールとは夏でも13時間時差がありますので、大変なときもありますが、大事な仕事だと思い、早くまとめることを目指しています。
MILAMOSは、当初、平時から武力紛争中までのすべての宇宙の軍事利用に関するルールを取り扱うことにしていましたが、途中でグループは2つに分かれ、MILAMOSは平時から緊張が高まって自衛権の行使に至るまでの部分における軍事利用ルールのみを扱うこととなりました。もう1つのグループは、武力紛争時のルールのみを研究しています。私は、宇宙の安全保障に関する博士論文で宇宙について勉強を始めましたので、編集委員としてこの解説書を取りまとめ、頑張って次の世代につなげていきたいと思っています。
この解説書がまとまりましたら、そのルールの精査を国連に持って行くのかどうかまではまだ決まっていませんが、さらに検討を続ける予定です。NATO(北大西洋条約機構)サイバー防衛センター(Cooperative Cyber Defense Centre of Excellence, CCD COE)の作ったタリン・マニュアル(サイバー戦に適用される国際法に関するタリン・マニュアルTallinn Manual on the International law Applicable to Cyber Warfare)がタリン・マニュアル2.0として更新されたように、MILAMOSも続けていきたいというのがグループの総意です。宇宙の安全保障は、今後、ビジネスとも関係して非常に重要になるはずですので、最初の解説書ができあがった後は、若い法曹の方々に上手くつなげたいと考えています。
山田ありがとうございます。まさに、先生のご研究の集大成ですね。我々も引き続き勉強させていただきたいと思います。ありがとうございました。