【第12回】国立環境研究所・肱岡先生と都市の気候変動適応とサステナビリティについて考える(国立環境研究所 気候変動適応センター センター長、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 客員教授・肱岡靖明教授×パートナー弁護士・山口大介)
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更新日
2024年10月15日

近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組をご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第12回では、国立環境研究所 気候変動適応センター センター長・東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 客員教授の肱岡靖明教授にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2023年10月2日オンラインにて実施

【第12回】国立環境研究所・肱岡先生と都市の気候変動適応とサステナビリティについて考える
(国立環境研究所 気候変動適応センター センター長、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 客員教授・肱岡靖明教授×パートナー弁護士・山口大介)

目次

Q1:気候変動適応センターのお仕事

山口はじめまして。私は、一般的な企業法務のほかに、公共事業の民営化とか、都市開発や地域開発、スマートシティなどに取り組んでいる弁護士です。本日は、貴重なお時間をありがとうございます。よろしくお願いいたします。早速ですが、自己紹介を兼ねて、肱岡さんのお仕事の内容について、ご教示いただけませんでしょうか。

肱岡氏こちらこそ、よろしくお願いいたします。私は、研究所に入所以来、気候変動の将来への影響を研究してきました。最近は、気候変動の影響への対策の効果を社会に実装する研究をしています。平成30年(2018年)に気候変動適応法ができまして、監督という訳ではありませんが、国立環境研究所気候変動適応センターのセンター長をしております。

単に科学として、例えば気温が上昇することで熱中症で死亡する人数が将来どうなるかを研究するだけではなくて、どのような対策をすればよいのか、その対策にどのくらい効果があるのか、どのような限界があるのか、地方自治体はどのように取り組めばよいのかなど、科学を実際の現場でどのように活かすかについても研究しています。

山口科学を現場にコーディネーションするということでしょうか?

肱岡氏気候変動適応法では、国立環境研究所が気候変動適応に関連するデータを整理すると定められています。そこで、我々は、都会だけではなく、北海道から沖縄までのデータを集めていますし、農業であれば、農研機構のデータもいただいています。そして、実際に適応をするのは現場の方々ですから、北海道であれば、寒かったのが暖かくなってきている、九州であれば、今まで以上に気温の高い日が増えているというようなデータを集めて、将来どうなっていくのだろうという予測や対策に役立てています。

Q2:気候変動適応とは何か?

山口気候変動や温暖化といえば、海面が上がると島が沈んで困ったことになるので、それを防ぎましょう、という気候変動の緩和がまず頭に浮かびます。肱岡さんが研究なさっている気候変動適応とは、どのようなものでしょうか?

肱岡氏温暖化というのは、地球が温まって気温が上がっていくことなのですが、実際、今までに過去から1.1℃上昇した、とIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の報告書にも書かれています。
たかだか1.1℃の上昇なのですが、それによってすごく強い雨が降ったり、逆に雨が降らなかったりというように、気象現象が極端化しています。日本も今年(2023年)はものすごく暑くて、真夏日が90日もあったのですが、その理由として温暖化していることを認めているのが世界の潮流であり、さらなる上昇を防ぐために2050年にカーボンニュートラルを完全に実現すると日本政府は宣言しました。

これまで、我々は、気象の極端現象に対して、「過去最大の台風が来た、だから、それに対してこのくらいの堤防を作ろう」というような対応をしてきました。しかし、「暑すぎる」「こんなに雨が降るのはおかしい」というように実際の想定以上となり、気候の変化が人間社会の受容できる閾値を超えてしまっている現状では、過去最大への対応だけでは十分といえず、将来に向けて、気候変動影響に対してどのように備えるか、を考える必要があります。これが、気候変動適応です。

山口なるほど。だとすると、気候変動への適応は、国の政策や企業の対応だけでなく、あらゆるところで取り組む必要があると思うのですが、誰が適応することを考えているのでしょうか?

肱岡氏気候変動適応法では、国、地方自治体、企業、国民、すべてが気候変動適応に取り組むとされています。例えば、地方自治体は、地域気候変動適応センターを設立するとされており(気候変動適応法13条)、各地で精力的に気候変動適応に取り組んでいます。企業も、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)の設立などを受けて、今後は、経営戦略を考える際に気候変動を意識せざるを得ないと思います。例えば、工場を建設するとき、今後は、気候変動による影響があり得ることを前提とせざるを得ないでしょう。

とはいえ、気候変動の影響は3年とか5年とかのタームでは分かりにくいので、現在でもまだ、主に地方自治体を中心に気候変動適応に取り組んでいるのが実態であり、決して十分とはいえません。

山口気候変動適応法には、熱中症対策の推進が情報基盤の整備などと並列的に挙げられています。熱中症対策の推進も、広い意味での気候変動適応の一部なのでしょうか?

肱岡氏はい、熱中症対策の推進も気候変動適応の施策の1つであり、大きな枠組みの中に位置付けられています。熱中症対策の推進は、気候変動適応法の令和5年(2023年)改正で明記され、令和6年度(2024年度)から実施されます。
近年はものすごく暑いので、暑熱災害とでもいうのでしょうか、亡くなる人も少なくありません。そのような熱中症にきちんと対処するために、熱中症警戒情報を提供することなどが定められています。改正の際に、気候変動影響や気候変動適応に関する情報提供と並列に記載されたので、熱中症対策の推進が目立っていますが、あくまで、気候変動適応計画の7つの柱の1つです。

山口熱中症対策でも、地方自治体によるところが大きいのですね。

ところで、私は仕事で都市や地方の開発のお手伝いをしているのですが、気候変動との関係では、北海道にワイナリーを作るという案件がありました。温暖化の影響を受けて、昔は寒すぎた北海道の函館が、いまではワインの適地になっているそうです。スパークリングワインも、現在では、シャンパーニュではなくて、イギリスの南部まで生産地が北上してきていると聞きます。農業ではそのような適応の例がみられるのですが、それ以外の分野で、個別のプロジェクトに気候変動の要素が入っていると感じる例はほとんどありません。気候変動について、政策レベルでは大きな動きがあっても、個別のプロジェクトレベルでは、そうした動きが反映されていないと思います。このような状況は、今後、変わっていくのでしょうか?

肱岡氏それが我々の課題です。ご指摘のとおり、プロジェクトベースで気候変動を考慮する動きは、まだまだだと思います。気候変動の影響は不確実で、しかも幅があります。いまは、一番数値の高いところを安全側に考えて、適応するにはどのくらいの費用をかける必要があるのか検討したりしますが、往々にして、企業からすると、費用がかかりすぎるのです。

気候変動適応には3つの種類があります。①今までの施策でやれるだけやる方法、②本当に気温が2度上がった場合を想定して、それなりの対策を考える方法、そして、③住むところを変える、やることを変えるなど、変革的な適応をする方法、です。③は、ハードルが高いので、現実的に適応するならば、②になるのだろうと思います。ところが、実際には、気温が2度、3度、4度と上がっても、一般の方がすぐには感じるレベルにはなりませんから、結局、①今までの施策の延長になってしまいがちなのです。もっとも、大阪湾の防潮堤の付け替えでは、将来予測を使って、最大の高潮に対応できるレベルの堤防を作ろうとしています。そのような気候変動適応の取組も、ゼロではなく、徐々に始まっています。

Q3:都市の気候変動適応

山口いま、防潮堤のお話が出ましたが、都市の気候変動適応の代表例としては、どのようなものがあるでしょうか?

肱岡氏都市における気候変動適用といえば、洪水・内水氾濫対策です。洪水はめったにないことではありますが、例えば、河川敷に遊水地を作って、普段は公園として遊べるのだけれど、いざというときには、そこに水を貯めて洪水が起きないようにしています。内水氾濫の場合、排水機能を強化することで、みなさんの見えないところで浸水を防いでいます。例えば、従来の下水管は1時間に50ミリの雨水を流すことで足りていましたが、1時間に75ミリから80ミリの雨が降る現在では、渋谷などではすぐに溢れてしまうからです。

山口インフラをいまある状態で維持・管理するだけでも大変なのに、気候変動適応のために河川の改修も下水の整備も両方やるにはお金が足りないと思います。だからといって、例えば、堤防を高くするにしても一部だけ高くするというわけにはいかないし、河川も下水も両方同時にはできません。でも、少しずつやると30年かかります。そういう状況下では、予算取りのネタとして気候変動適応が使われてしまい、有効な対策にはならないのではないかと懸念するのですが、どうすれば、現実の施策として最適化できるのでしょうか?

肱岡氏おっしゃるとおり、単にいまの洪水対策のレベルを上げるのでは、お金ばかりかかってしまいます。そこで、最近では、「流域治水」という考え方があります。線状降水帯による大雨のときなどに、水を溢れさせて良いところには溢れさせることによって、絶対に溢れてはいけないところを洪水から守るという考え方です。水田を活用する「田んぼダム」などが有名です。

世界でいわれている「スポンジ」という考え方も同じです。都市は、舗装されていて歩きやすく、水を速やかに下水に流します。これはこれで良いやり方なのですが、昔は下水で十分に流せた雨水が、いまは1時間に80ミリも雨が降りますので、下水では流しきれません。そこで、本来、雨は、地面に浸透していって、下水に入らずに流れていくものであることを踏まえて、下水に流すのではなく、できるだけ浸透させることで洪水を防ぐ、という考え方が「スポンジ」です。今までのやり方では流しきれないから、より効果的に「スポンジ」であることが大切である、というのが、いまの世界的な考え方です。一戸建ての家に、水が浸透しやすい浸透桝を置いたりするのは「スポンジ」の発想です。

先ほどの河川敷の遊水地の例ですと、いざというときには、普段は遊んでいる広場に水を貯めることによって、洪水のピークを遅らせる、お金はないけれど工夫しよう、というのが今後のより良い考え方だろうと思います。

山口都市の気候変動適応としては、洪水対策だけでなくて、暑さ対策も重要ですね。

肱岡氏はい、気温についても同じです。最近、東京は暑すぎますが、風の道が計算できるのであれば、より風通しよく生活できるのではないでしょうか。脱炭素が上手くいけば、工夫の仕方次第で、今後も、都市で生活し続けることはできると思います。

山口東京が朝晩とても暑いのは、温暖化のためなのでしょうか?エアコンなどによる都市化のためなのでしょうか?

肱岡氏東京の場合は、どちらもです。もちろん、地球全体として、気温は徐々に上昇していますが、都市は、それに加えて、空調などによる排熱がヒートアイランド現象を引き起こして暑いのです。

山口都市の気候変動適応としては、健康も重要だと思います。建築現場でファン付きの作業着を最近よく見かけるようになりましたが、他にはどのような例がありますでしょうか?

肱岡氏暑さといえば、高齢者と乳幼児が一番危ないといわれています。電気代がもったいない、というのものあるとは思いますが、年をとると感覚が鈍くなって、暑いのに冷房をつけないことがあります。ところが、暑い夜は自宅でも熱中症になりますので、自宅で冷房をつけて熱中症対策をすることが大切なのです。乳幼児も、自分では暑いと表現できないことがあります。そうした高齢者や乳幼児などに対して、サポートすることが大切です。

また、いまは暑すぎますので、昔のように根性論ではなく、元気な人であっても、涼しいときに運動するなどの注意が必要です。いまでは、暑い日には、学校でプールの授業がないこともあります。学校の先生も、「今までと違うよ」と配慮するように変わっていかなければならない、学んでいかなければならないのだろうと思います。

山口お金がかからない適応策もありますね。

肱岡氏はい、お金をかけることが大切なのではありません。大切なのは、きちんと適応できることです。

山口CO2を増やさずに減らすことは、世間の関心があっても、大上段の議論になりやすく、難しいのに対して、適応は、色々なところで小さな工夫の余地がありそうです。お金かけずに発想を変えることに効果があって、取り組んでいく価値が高いなと思いました。そういう考え方が世間に広がっていくと良いですね。

肱岡氏CO2削減のような気候変動の緩和に比べて、気候変動への適応は、「わがこと化」しやすいはずです。色々な場面で自分に関係することが多いからです。今までであれば大丈夫だったけれど、それ以上に暑い、危険なくらい雨が降るようになった。そういう状況を前提として、例えば、家を買うときに、本当にここに家を建てても大丈夫なのかを調べてみる、ひと手間ふた手間かけることによって、安全を確保できるのです。

もちろん、先ほどの北海道のワインのように、できればビジネス化して、今まではなかったけれども、先手を打って、気候変動適応をプラスにできれば素晴らしいです。ですが、そこまでいかないとしても、適応は、被害を軽減するだけでなく、危機をチャンスに変えること、ネガティブにものを見るのではなく、プラスのことも考えていくことができます。変わってくる気候を生活に取り入れることによって、色々な場面で、「適応の主流化」が起きてほしいと思います。

Q4:気候変動適応の在り方と課題

山口気候変動適応は、このままだとこうなるから、こうしなければならない、というように分かりやすいことではあるのですが、具体的な政策に反映するためには、抽象的な表現ではなくて、数値化しなければならないはずです。ところが、気温のように数値化しやすいものもあれば、台風の脅威のようにすべてを数値化するのが難しい場合もあります。例えば、線状降水帯の発生によって、これまでであれば「100年に一度」というような大水害が、毎年起きるようになっていると思うのですが、それが、どのくらいの頻度で起きて、どのくらいの被害が生じるのかは、幅を持った数字で示さざるを得ないように思います。例えば、「100年に一度」がどのくらいのことなのか、基準を作らないと政策に反映できないのではないはずです。では、その基準を、どのような考え方で決めるのが適切なのでしょうか?気候変動適応を実施する場合の課題を教えてください。

肱岡氏ご指摘のとおり、KPI指標は重要で、気候変動適応にも指標はあります。熱中症で亡くなる人をこのくらいまで減らしましょう、のような指標です。ただ、例えば、「流域治水」をどこまで進めるかということについて、河川の上流に住んでいる人と下流に住んでいる人ではポイントが異なりますし、田畑を持っているか否かでも考え方が異なります。そのような場合には、結局、ステークホルダーでしっかり話し合うこと、コミュニティで話し合うことが必要なのだと思います。

この点、気候変動の緩和は、カーボンニュートラルとか、ゼロエミッションとか、数値化がしやすく、明確です。これに対して、気候変動適応は、例えば、農作物の収量を維持するといっても、いつの収量を維持するのが良いのか、ステークホルダーによって色々な価値観がありますし、変動もあります。非常事態が本当に起きるかどうかも分かりません。そのような中で、いま、決定して準備しなければ、いざというときに急に対応しようとしても間に合いません。それが気候変動適応の難しさです。立場によって、地域によって、地方自治体などによって価値観が異なりますので、国が決めれば良いというものではなく、その異なる価値観を無視することができないのです。それでもお金をかけて適応をしなければなりませんので、今後は、意思決定のプロセスがとても重要になるだろうと考えています。

山口気候変動適応のような問題は、国には大きな力がなくて、都道府県レベルでもなくて、結局、市町村のレベルでの対応が問われるのではないでしょうか。市町村レベルになりますと、「危険だから移住しましょう」というような、現実の効果が薄いことはいいにくく、具体的にものを考えざるを得ないからです。お話を伺っていて、気候変動適応は、「全体的に最適化していきましょう」というお話だと思いましたが、そのような全体最適は、やはり市町村レベルの問題なのだろうと思います。気候変動適応について、市長さんの施策が上手くいっている例はあるのでしょうか?

肱岡氏気候変動適応を前面に出している地方自治体は、なかなかあまりありません。それでも、例えば、那須塩原市の場合は、市長さんが先頭に立って、気候変動適応を前面に出しています。気候変動適応はネガティブなイメージを含んでいますので、簡単ではないのですが、今後は、「適応先進自治体」を作りたいと思っています。

山口気候変動適応は、地方創生と似ているといいますか、表裏一体なのかなと思いました。適応に取り組むというのは、人をどのように動かすかという点で、ある意味で、施策の選択と集中をすることになるからです。そのように考えてみますと、気候変動適応は、街づくりや地域振興に埋め込まれてしまって、単独の問題とは存在しないのではないでしょうか?

肱岡氏おっしゃるように、最終的に、気候変動適応という言葉がなくなるかもしれませんが、それは良いことだろうと考えています。
これまで、従来の閾値に基づいて施策を作ってきたのですが、気候危機などともいわれているように、それだけでは被害が起きてしまいます。そこで、気候変動の緩和と適応を両立する施策が求められるのですが、高齢化や人口減少などと同じように、様々な施策の中に気候変動適応も併せて考慮されるようになる方が望ましいのだろうと思っています。ただ、気候変動適応の場合に難しいのは、そもそも何をやったら適応なのか、どのくらいのことをすれば良いのか、どのくらいの効果があるのかがはっきりしません。結果として、自分たちにとっては良かったけれど、他の人たちにとってはダメだったということもあるかもしれません。そのあたりは、科学的にも明らかにしていく必要があるだろうと思います。
いずれにせよ、気候変動適応が、世の中で取り組むべき課題の中の一つになって、後から見ると、「ああ、気候変動適応もやっていたのだな、あの取り組みは成功したな、大丈夫だな、安全だな」となるのが理想です。

Q5:気候変動のリスク負担と契約

山口私は、下水道の維持管理などを民営化するというような仕事をすることもあるのですが、そういうプロジェクトは長期であることが前提になっています。将来、物価が上昇することを視野に入れて、10年先20年先に、どのくらいお金がかかるかという想定を随分前の時点で検討します。ところが、これまでのところ、気候変動は検討対象にまったく入っていません。
もし気候変動が原因となって将来的に運営コストが増大するならば、入札の際に金額が跳ね上がる可能性があります。もっとも、公共の側にお金がないから民営化するのであって、気候変動のコストを反映して金額が上がるのは本末転倒ですし、他方で、民間事業者にリスクを寄せすぎると、引き受け手がいなくなります。こうした難しい状況を踏まえて、今後、どのような形で契約に反映していけば良いのか、気候変動適応の観点から、何かお考えがございますでしょうか?

肱岡氏気候変動適応の分野であれば、必ず一定期間で見直す、ということではないでしょうか。法律も5年に1回見直すことになっていますし、気候変動適応計画も都度見直すことを想定しています。気候変動は不確実性が大きいので、未来はこうなるだろうと想定しても、現実には起きないかもしれないし、もっと大きな被害が出るかもしれませんから、実際の状況を踏まえて見直す、というプロセスが重要だと思います。そういう見直しのプロセスにおいて、過去から現在に向かって気候が有為に変化しているのかどうかも明らかになり、データの収集や提供も容易になると思います。

山口例えば、物価の場合には、変動することが前提になっていますので、物価変動を視野に入れた契約の建付けになっています。他方で、気候の場合には、これまで変動すると考えてこなかったので、気候変動を変数として組み込むという契約になっていません。変数になっていない気候が変動すれば、それは事業者のリスクになります。気候変動を数値などでみられるようになれば、事前にチェックもできますし、将来も見直しができます。気候変動をリスクとして契約に取り込むこともできます。気候変動を可視化する良い方法はないものでしょうか?

肱岡氏例えば、2050年までのプロジェクトの期間中に「1000年に一度」の異常気象や極端現象が運悪く起きてしまうこともあるでしょう。毎年の気象現象であれば、数値で表すこともできますが、「1000年に一度」ですと数値で表すことが難しいです。そこで、例えば、毎年起きることは民間事業者がリスク負担をするけれども、2回目3回目は地方自治体と民間事業者とでリスク負担を折半する、というような考え方もあるのではないでしょうか?

山口なるほど、そういう方法はありますね。これまでのところ、「異常気象が増えたよね」というような印象を誰もが抱いてはいるものの、「過去30年の知見」のような不透明なものに基づいて契約が作られていて、気候変動はリスク要素として捉えられてきませんでした。実務上は、保険に加入する、という程度の対応しかできなかったと思います。今後、気候変動が可視化されて、リスクとして認識されることが、契約実務上も必要だなと分かりました。

Q6:まとめ

山口話が尽きないのですが、最後に、肱岡さんの今後の目標のようなものがあれば、教えてください。

肱岡氏気候変動適応という言葉を、「あ、知っているよ」「自分もやっているよ」というように「わがこと化」された社会にすることが目標です。世界的には、気候変動適応はかなり知られていて、日本にも導入されてきましたが、まだあまり広がっていません。先ほどまでの議論のように、今後、気候変動が、人口減少、過疎化などの課題と同じように、色々な検討の前提にあたりまえのように入っているようになってほしいと思っています。例えば、公害問題への対策として「水をきれいに」「大気をきれいに」ということがいわれるのと同じように、気候変動の緩和と適応を考えるようになると良いなと思います。気候が変わることを前提にしておけば、いざというときにも、「想定外」ということをいわずに、安心安全に生活できるのです。ある意味で、気候にレジリエント(resilient)な社会の実現ともいえます。

山口本日のお話を伺って、気候変動適応は、日本人が前向きに、ポジティブになれる分野だと思いました。工夫すれば良い方向に変わる、というのは、日本人が得意な発想ではないでしょうか?

肱岡氏洪水対策というと、人命や資産、農作物に被害が及ばないように、というようなネガティブな発想になりがちで、ポジティブに捉えられないことが多いです。北海道に移住してワインや日本酒を作る、というような積極策は、まだあまり多くありません。でも、例えば、世界中でどこが安全か、洪水が来ない高台はどこか、どこに住みたいかとあたりまえのように考えて、風景が気に入ったところに移り住む、そして気が付いたら、気候変動に適応している、というのが最終的な理想形なのだろうと思っています。

山口大変刺激的なお話を伺いました。気候変動対策、温暖化対策は、少し距離のある問題だと思っていましたが、本日のお話で、気候変動適応を身近に感じることができました。自分の仕事の中でも、気候変動を念頭に置いた契約の建付けをどうするか、地方を盛り上げるという観点で何ができるのか、色々考えてみたいと思います。本日は、ありがとうございました。

国立環境研究所 気候変動適応センター センター長、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 客員教授
肱岡靖明 教授

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